フクシマは片仮名のまま亀の鳴く    玉田春陽子

フクシマは片仮名のまま亀の鳴く    玉田春陽子 『合評会から』(酔吟会) 反平 福島はいまだに「フクシマ」です。元に戻っていない、悪い状態のままで、復興が遅れている。この句はそういう思いを詠んでいます。時事句として評価したい。 正裕 ほかの季語でもよさそうだが、やはり「亀鳴く」かな。フクシマはまだ、何の解決もしていません。この句は、政治家は嘘ばかり言っている、という意味を含んでいます。 恂之介 この句の季語は「亀鳴く」以外にないでしょう。実際は鳴かない亀が「鳴く」という面白い季語を用いて、フクシマは片仮名のままだと、作者はいう。痛烈な政治・社会批判ですね。 春陽子(作者) フクシマは片仮名のまま放っておかれている。政治家はそのうち知らん顔して「ふくしま」にし、「福島」に戻しまうかも知れない。現状はそういうことなんです、と私は言いたかった。              *            *  「亀鳴く」は鎌倉時代の歌人・藤原為家の歌「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀の鳴くなり」に由来する季語。「あの鳴き声は?」の問いに「亀です」の答え。やがて鳴かない亀が鳴く、という季語が出来た。(恂)

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蛙鳴くふるさとありし帰りたし     片野 涸魚

蛙鳴くふるさとありし帰りたし     片野 涸魚 『この一句』  調子のいい句である。口ずさんでみて特に流れのよさを感じた。しかし一句の意味を考えた時、「ふるさとありし」の「し」がちょっと気になった。「かつてあった故郷」ということになると思う。句の意はすなわち、すでに故郷とは言えなくなったが、懐かしいその地に帰ってみたい、ということになるのだろう。  「細かいこと」とは思ったが、合評会の際、作者に訊ねてみたら、次のような答えが返ってきた。「福島には故郷に帰れない人がいっぱいいます」。そのことを思えば「ふるさとありし」と詠まざるを得なかった、という。作者は照れ気味に「ありし 帰りたし、と韻を踏んだこともありますが」と付け加えた。  作者は福島県出身である。故郷は内陸部だから、東日本大震災の被害や原発事故の影響も、さほどではなかったはずだ。そこで最も言いたいことは心に留め置き、同県人としての気持ちをそっと表したのだと推察する。この句から「フクシマ」は想像できないが、「それでよし」とするのも、作句の心なのだろう。(恂)

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ふうわりと三月は来て古書の市     大沢 反平

ふうわりと三月は来て古書の市     大沢 反平  『合評会から』(酔吟会) 佳子 三月が来たときの感じって、本当に“ふうわり”ですね。古書の市も三月らしさがあります。 春陽子 私もふうわりに納得させられました。 正裕 ふうわりは擬音ですね。柔らかくて春が来たという感じがします。古書市が開かれるのも春か秋でしょう。 てる夫 私の場合、三月は予定がたくさんあって、やるべきことが次から次へとやってくる。とても忙しいんですが・・・。 水牛 だから、ふうわりに共感したということですか。 反平(作者) テレビで古書市を紹介していまして、ふうわりとした雰囲気を感じました。“ふわふわと”か、“ふうわりと”か、ちょっと考えました。(「ふうわり」がいい、という声が圧倒的だった)             *            *  「ふうわり」は実に感じの出ている擬音である。手元にある辞書に、この語はなかったが、「ふんわり」に、「ふわり」を強めた語という説明があった。ならば「ふうわり」は「ふわり」をさらに柔らかく表した語、と言えるだろう。旧仮名表記なら「ふうはり」になるが、この句には「ふうわり」がよさそうだ。(恂)

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病院を抜け出す午後や青き踏む   金田 青水

病院を抜け出す午後や青き踏む   金田 青水 『季のことば』  踏青(とうせい)という古代中国から伝わった行事が季語になり、日本式に「青き踏む」と言い換えられるようにもなった。隋唐時代の中国には、三月三日(旧暦)に若草萌え出づる野原に出て遊び、飲食し、詩歌を詠み合ったりする風習があった。それが飛鳥・奈良時代に伝わり貴族の春の野遊びになる。この言葉が連綿と伝わって、俳諧、俳句の季語として生き残った。  萌え立つ若草は生命力に溢れている。その精気を身内に取り込み不老長寿の糧としようという自然信仰心から生まれた行事なのだが、その気分はいまだにこの季語の中に籠もっている。現代の暦だと三月下旬から四月の季語である。  この句はまさに季語の本意にぴたりと添っている。作者は、失礼な言い方だが持病を抱えて「病院慣れ」した人であろう。定期的に検査のためなどで入院するのだ。こういう入院だから時には病室を抜け出すこともできる。子供時代学校をサボったことなど懐かしみながら近所を散歩する。青草を踏みしめると気が晴れる。怪我一つ風邪一つ引かなかった若い頃には考えもしなかった「生きている、生かされている」という思いを、しみじみ噛みしめている。(水)

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スカートの裾のスミレが踊りだす   渡辺 信

スカートの裾のスミレが踊りだす   渡辺  信 『この一句』  面白い句である。ふわーっと広がるフレアスカートか、裾がゆったりしたプリーツスカートでもいい、春らしい軽い布地のスカートの裾にスミレの模様がプリントされているのだろう。それをはいた若い娘が歩くにつれて菫の花が踊り出すというのである。いかにもウキウキした感じがする。  ところが昔から、「絵に描いたものは季語にならず」ということが言われている。桜の花を描いた絵や、紅葉の屏風などは生きておらず、一年中あるものだから、そういうものを題材に詠んでも季節感が伝わって来ない。従って季語とは認められないというのである。その点で言えば、この句もスカートに描かれたスミレだから季語の役割は務まらないことになる。  しかし、この句を読んでいると、やはり春の句だなあと思う。「裾のスミレが踊りだす」という詠み方が実に軽快で、春を感じさせるのだ。確かにこれは自然に咲いているスミレではないが、立派に季節を伝える働きをしている。それに第一、ファッションにうるさい若い娘が、冬や夏や秋にスミレ模様のスカートなぞはくわけがないのである。(水)

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放棄田にいのち振り撒きすみれ草   河村 有弘

放棄田にいのち振り撒きすみれ草   河村 有弘 『この一句』  豊葦原瑞穂国の日本人は大昔から「白い飯が腹一杯食える」身分になることを夢とし、励みともしてきた。しかしそれはなかなか難しく、昭和40年代後半になって、ようやく、誰もが白米を好きなだけ食べられるようになった。まさに開闢以来二千年の夢が叶ったのである。  しかし皮肉なことにその頃には、補助金と輸入米関税によって保護されて来た国産米は、買い入れ価格と消費者米価との逆ザヤがピークになり食管会計が破綻、ついに政府は米の生産調整、いわゆる「減反政策」に踏み切った。米以外の作物に転換すれば奨励金を出すという政策で、耕作放棄地にも補助金支給ということになり、これが日本農業の荒廃を招来した。  今や田舎に行けば至るところに放棄田がある。夏場は雑草が生い茂り見るもおぞましく、冬場は枯れ草に覆われうたた荒涼。それが春ともなると、草の芽が萌え立ち花が咲き始め、見違えるような光景となる。中には菫の群落もある。一面茶褐色の放棄田の中に濃紫の菫が咲いているのを見ると、まさに蘇生の喜びが湧いてくる。東風の肌寒さに震えていた身体を温めてくれるようだ。(水)

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すみれ咲く立つも揺れるも風まかせ   篠田 義彦

すみれ咲く立つも揺れるも風まかせ   篠田 義彦 『季のことば』  「山路来て何やらゆかしすみれ草」という芭蕉の名句を引くまでもなく、昔から日本人に好まれた春の野の花である。ずっと大昔、『万葉集』にも「春の野にすみれ摘みにと来しわれぞ野をなつかしみ一夜ねにける 山部赤人」とうたわれている。おそらくこの歌を取って詠んだもの(本歌取り)であろう、山崎宗鑑と共に俳諧の始祖と言われる荒木田守武は「近けれど菫摘む野やとまりがけ」と詠んでいる。  濃紫の可憐な五弁花は一センチあるかないかの小ぶりで、野歩きの時など知らずに踏みつけてしまったりする。しかし、か弱そうに見えて菫はなかなかしたたかで、ちょっと踏まれたくらいでは一向にへこたれず、いつの間にか立ち直っている。  この句も菫のそうしたところをうまく詠んでいる。強いも弱いもないのだ、菫はただ風の吹くままだと言う。作者の理想とする生き方が裏打ちされているのかも知れない。(水)

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東風に立つ会場案内仏頂面   鈴木 好夫

東風に立つ会場案内仏頂面   鈴木 好夫 『季のことば』  昨日に引き続き「東風」。東風は菅原道真の歌で梅との結びつきが強くなりすぎ、早春の風というイメージだが、実は二月から四月まで通して吹く東寄りの風を言う。従って、季語としても「梅東風」の早春から、「桜東風」「鰆東風」の中春晩春、そして初夏の声を聞く頃に盛んに獲れ始める鰤の若魚イナダを招く「いなだ東風」に至るまで、三春に通用するものとされている。  この句の東風は二月から三月初旬の東風であろう。東風と言っても東北方から吹きつけ、かなり強くて冷たい風だ。そんな吹きさらしの中に立っての会場案内は辛い。これは企業の新製品内覧会とかお得意様招待の特別頒布会といった催しの道案内だろうか。それとも通夜か告別式の会場案内役だろうか。イベント会場や葬儀場というのは大概風のよく通る所にあるのだ。  いずれにせよこの会場案内は自ら買って出たものではなく、上司に命じられたか、くじ運が悪かったかであろう。「仏頂面」という言葉を放り出すように置いたところが特殊効果を生んで、実に面白い。(水)

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職替へる婿の気負ひや鰆東風   植村 博明

職替へる婿の気負ひや鰆東風   植村 博明 『季のことば』  東風(こち)は菅原道真の「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花」であまねく有名になり、梅の花を咲かせる優雅な歌言葉の趣がある。しかし、もともとは瀬戸内海の漁師言葉で、それが都に伝わり、やがて「春を告げる風」として全国的に広まったようだ。  鰆東風はまさにその瀬戸内海沿岸一帯の言葉で、鰆を招き寄せる東風という意味である。鰆は三月から四月にかけて、産卵のために岸辺近くに寄って来る。そこを数隻の船で網に追い込んで獲る。この時期の鰆は脂が乗っていて、とれたての刺身は実に美味い。しかし身が柔らかくすぐに鮮度が落ちてしまうので、昔はもっぱら酢締めにしたり、味噌漬け、粕漬けにして京大阪に運んだ。  鰆東風の吹く頃は就職シーズンでもある。話題の中心には新卒者が座るが、転職組もこの時期が結構多い。この句の作者も婿さんの転職話を聞いている。何とも意気盛んで、大丈夫かいなとは思いつつも、まあ若いんだからと、余計なことは言わないことにする。“ご隠居”があれこれ口出しするのはよろしくないと自戒しつつ、どうか荒東風にならぬようにと念じている。(水)

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風邪熱に辞世句どもが駆け巡る     高瀬 大虫

風邪熱に辞世句どもが駆け巡る     高瀬 大虫 『この一句』  先日、その昔の辞世“句”を読んで気付いたことがあった。徳川家康、伊達正宗など江戸時代初期の人の辞世は短歌ばかりだった。ところが江戸後期・幕末になると俳句が圧倒的に多くなる。俳句は長らく連句(俳諧)の発句として存在していたのだが、江戸後期に至って現在のような独立性を得たのかも知れない。  その頃、俳句によって辞世を詠んだ人々は各界にわたっている。俳人はもちろん武士、歌舞伎役者、力士などなど。新撰組の面々、彰義隊隊員の志士や荒くれ者たちも死を見つめながら、五七五と指を折っていたらしい。現代に引き比べれば、当時はいかに俳句の盛んな時代であったかがよく分かるだろう。  それに比べると現代は・・・と思っていたら、日経句会の二月例会に上記の句が登場、高点句の一角に並んだ。選者は高齢者が多く、それぞれが辞世の句に何らかの関心を寄せているに違いない。俳句で自らの死生観を伝える時代が来るのなら興味深い。さて作者の辞世候補句は? こっそり教えてもらいたい。(恂)

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