菜の花の淡く盛りを過ぎにけり     広上 正市

菜の花の淡く盛りを過ぎにけり     広上 正市 『この一句』  菜の花は黄色と相場が決まっていて、いつまでもあの鮮やかな色を保っているとばかり思い込んでいた。しかし盛者必衰の理というものがある。衰える時期が来れば、全体の力が失せてゆき、花の色も当然、褪せていくはずだ。この句によって、当たり前のことを教えられ、なるほどなぁ、と頷いている。  蕪村の「月は東に日は西に」の句のためだろうか、菜の花を思うと、頭の中に一面の黄色い畑が広がって行く。しかし菜種油を取る畑はいま、非常に少なくなっているようで、掲句の場合は広大な菜の花畑ではなさそうである。畑の隅や土手の雑草の中の菜の花を想像したらいいのだろうか。  濠端の菜の花がいつの間にか細長い鞘をつけていたのを見たことがあった。中に小粒の種が入っているのだろうと思ったが、そこに至るまでの花の色の変化に気づくはずもなかった。褪せた花の色を見て「盛りを過ぎた」と覚るのも俳句の心。しかしその花をずっと見続ける人でなければ、こういう句は作れない。(恂)

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囀りや集団下校女学生      大熊 万歩

囀りや集団下校女学生      大熊 万歩 『季のことば』  この句を見て不思議な感じに捉われた。女の子たちの声が聞こえてこないのだ。理由の第一は「集団下校」にあるのだろう。学校側が何かの理由で、そのように指導したのだと私は受け取ってしまった。小鳥の囀る森沿いの道を、女の子たちが押し黙って歩いていく、という風景が浮かんできたのである。  かなり以前、句友の作った句に「囀るやピーチクパーチク下校の子」というのがあった。囀りの聞こえる中、下校する子供たちの声が囀るように響いている、というのだ。後に別の句会でも同じ趣旨の句に出会っていた。「囀」の句の一つのタイプのようだが、掲句は同類ではないような気がする。  「女学生」という語も気になった。「学生」は普通、大学生のこと。女子中高生にも用いているが、少なくとも小学生の感じはしない。もしかしたら、これは女子大生なのか。ある女子大でストーカー事件が発生して・・・。作者は俳句の相当な作り手だから、現代社会を風刺したのかもしれない。考え過ぎだろうか。(恂)

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焼酎の空き瓶に活く春のバラ   堤 てる夫

焼酎の空き瓶に活く春のバラ   堤 てる夫 『合評会から』(酔吟会) 涸魚 焼酎の空き瓶とバラの取り合わせが面白い。 二堂 牛乳の空き瓶やコップに花を活けて飾るシンプルライフがはやっている。焼酎の空き瓶に春のバラが一、二本。これも粋と感じたのだろう。 臣弘 鼻歌で迎える春。酔って空になった瓶に、花を活けたといった軽い気持ちなのだろう。浮き浮きとした感じが伝わる。           *     *     *  薔薇というノーブルで気取った感じのする花と、なんとまあ下賤な焼酎の空き瓶との取り合わせである。これは平成版談林俳諧とでも言おうか。乙に澄ましたり、糞真面目になったり、深刻ぶったりする現代俳句では、この手の句はあまり流行らないのだが、こういう句がもっと出て来てもいい。  この空き瓶は信楽風か備前か、陶器に違いないと思っていたら、ガラスの洒落たフラスコ状で、まさに薔薇を活けるのにぴったりという感じなのだという。焼酎も進化して、ノーブルな酒に仲間入りしているのだ。これまた時代を感じさせて面白い。(水)

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囀に気づかぬ人の足早し   高橋 ヲブラダ

囀に気づかぬ人の足早し   高橋 ヲブラダ 『この一句』  浮世のよしなし事に振り回されて己を見失っている身として、こういう句に出くわすと愕然とする。おそらく私の歩く姿もこのように、常に何かに追われているような、せわしなく、侘びしいものなんだろうなあと思う。  鶯にしても四十雀にしても、春の「囀り」はかなり派手で、それぞれ独特の節回しで、なかなか面白い。さもありなん、これでメスを呼び寄せ子孫繁栄の営みをしようというのだから、まさに必死なのである。歌声のいいの悪いのなどというのは、人間どもの勝手な品評である。  とにかく、野の小鳥たちは一世一代の声を張り上げているのだ。しかし人間どもは「心ここにあらず」で、目はうつろ、耳は塞がれ、木々の芽吹きにも小鳥の囀りにも気づかない。ちょうどこの頃は人事異動の季節。サラリーマンにとっては「どこに行かされるか」に思いが集中している。受験や入学の子供を抱えている人もあろう。ついつい前のめりにならざるを得ない。自然界と人界の触れ合いとすれ違いをうまく詠んだものである。(水)

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新築の覆ひ外して春日中   今泉 恂之介

新築の覆ひ外して春日中   今泉 恂之介 『この一句』  突拍子も無いようだが、この句を見た時に「石垣山一夜城」の話を思い出した。天正18年(1590年)春、小田原征伐に繰り出した豊臣秀吉が小田原城西方3キロの笠懸山(石垣山)に城を築いた。小田原城側の樹木をそのままに土木建築工事を進め、わずか80日で天守閣を持つ本格的な城を築き、完成と同時に樹木を切り払い、覆いのムシロを取り払った。谷を隔てた小田原城からは、あたかも一夜にして城が立ちはだかったように見えた。籠城の戦士たちの驚きはいかばかりであっただろう。  庶民の住宅とて同じである。建築中の建物の回りには足場が組まれ、ものが四散しないように覆いが掛けられている。完成とともに足場が外され、覆いが取られる。その一瞬は劇的だ。  新築の建物はまさにぴかぴか輝いており、見守る人たちは一斉に感嘆の声を上げる。そこに住む親子のはじけんばかりの笑顔が、春陽を浴びて光っている。これぞ「我らが城」の完成。喜びあふれる様子がまざまざと伝わってくる心地良い句である。(水)

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畝傍から香具山目指し青き踏む   大下 綾子

畝傍から香具山目指し青き踏む   大下 綾子 『この一句』  句会でこの句に出会った時、まさに「青き踏む」の原点を詠んでくれたと嬉しくなって採った。飛鳥の春は実に美しい。盆地一帯に若草萌え立ち、紫雲英はじめ野の花が咲き乱れ、木々の新芽が芽吹く。その中に畝傍(うねび)、香具(かぐ)、耳成(みみなし)の大和三山がのんびりとうずくまり、寝そべっている。どこからともなく囀りが聞こえて来る。「あかねさす紫草野行き標野行き野守は見ずや君が袖ふる」額田王がこう歌った情景が、まるで昨日のことのように浮かび上がってくるのが飛鳥である。  畝傍山は橿原神宮、神武天皇陵がある所で、香具山はそこから北東方向5、6キロくらいだろうか。途中いくつか殺風景な町並があるけれど、概ねは万葉人になったような気分で歩ける。「香具山は畝火ををしと耳成と相あらそひき 神代よりかくにあるらし いにしへもしかなれこそ うつせみも妻をあらそふらしき」弟大海人皇子(後の天武天皇)の妻額田王を奪った中大兄皇子(天智天皇)の歌を口ずさみ、古代ロマンに浸っている。(水)

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青き踏む津波の傷をたどりつつ   流合 研士郎

青き踏む津波の傷をたどりつつ   流合 研士郎 『合評会から』(日経俳句会) 庄一郎 「青き踏む」を東北の津波現場と掛け合わせて「傷をたどりつつ」と、情景が浮かんでいいと思いました。 定利 四年目を迎えても傷跡生々しく、何も出来ていない。思わず採った。 恂之介 津波の傷跡を確かめに行く人が結構いる。この人もそうなんだろうな。 正市 「踏??」は春のうきうきした感じを言うのが普通ですよね。あえてそれとは対蹠的なことを述べたのか。        *     *     *  作者は震災一か月後に寝袋を持って釜石に行った。その後四年、時間だけがいたずらに経過している、との思いを込めて詠んだという。「津波の傷をたどりつつ」という措辞が、作者の心情をまざまざと伝える。  「青き踏む」は春の蘇生の喜びをうたう言葉であり、こうした後ろ向きとも思える行動を言うのにはふさわしくないという疑義もあろう。しかし、のっぺらぼうになってしまった被災地の芽生えに、傷が少しずつ癒されて行く感じも伝わってきて、こういう踏??もまた良き哉と思う。(水)

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春の海武蔵は深く押し黙り   杉山 智宥

春の海武蔵は深く押し黙り   杉山 智宥 『合評会から』(日経俳句会) 大虫 深い海の底に武蔵は黙ってバラバラに・・イメージが伝わって来る。 二堂 「深く」が春の海の底深くというのと、「深く押し黙り」というのと重なり、実にいい感じをもたらしている。 恂之介 時が経てば「武蔵」とは何だか分からなくなってしまうのではないか。「深く」をはずして「戦艦武蔵」と言った方がいいのではないか。 正市 戦後七〇年の節目での武蔵発見だからずっと残っていく句ではないか。「押し黙り」が静かな感じを絡ませて印象深い。 庄一郎 今泉さんの言われることはよく分かるが、この句は「深く」が効いていると思う。それを取ってしまうかどうか難しいところだ。        *     *     *  武蔵・大和の二艦を造るのに国を傾けるほどの金を使った。その挙げ句が悲惨な敗戦。武蔵・大和に罪は無いが、こういう物を作らせた当時の指導者の罪は重い。だからこの手の句は好きではないのだが、時事句として秀逸だ。  ただ「武蔵」という言葉がいつまで生きて残るか。恂之介氏の懸念も確かだと思うし、「深く」も効いているし・・・困った困った。(水)

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春悲し空襲警報耳朶にあり      岡田 臣弘

春悲し空襲警報耳朶にあり      岡田 臣弘 『合評会から』(酔吟会) てる夫 新聞に「三月は死者を悼む月」と書いてあったが、これは三月十日、東京大空襲ですね。空襲警報は私の耳に残っていないけれど、やはり思うところは多い。大変な犠牲を払ったものだと思う。 正裕 その通り。この句は「耳朶にあり」が素晴らしい。空襲警報の「悲し」は別の言葉の方がよかったかな。 水牛 「悲し」は私も同じように思いましたが、時事俳句として評価したい。東日本大震災もたいへんだが、空襲は人為的な行為で十万以上の犠牲ですからね。この日のことは毎年思います。 臣弘(作者) サイレンの音、私は本当に忘れ難く、怖い音としてトラウマになっている。我が家は強制疎開で引っ越し、そこで空襲に遭った。終戦になり、警報がなくなった日は、弱齢ながら幸せを感じたものです。               *        *  私は作者とほぼ同年。終戦間際の頃は東京にいて五月の大空襲を記憶しているが、この句は「悲し」が気になって選べなかった。あの夜は火勢が我が家を逸れたので、切迫感が薄かったためか。小さな表現にこだわり過ぎたのだろうか。これから三月が来るくるたびに、そんなことを考えるような気がする。(恂)

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着飾りて春陽の笑顔老婦人       大平 睦子

着飾りて春陽の笑顔老婦人       大平 睦子 『この一句』  季語の「春日」(はるひ、しゅんじつ)には、「春の一日」と「春の日光」という二つの意味がある。全く違うものを一つの季語とするのは理屈に合わないが、まぁ、いいじゃないか、と丸く収めてしまうのが俳句の俳句たるところ。この句は、間違いのないように「春陽(はるひ)」と表記し、光であることを示した。  作者によると、地下鉄内で出会った情景である。三人の老婦人が乗ってきたので席を譲り、いい雰囲気が生まれたらしい。「本当におしゃれな方たちで、春の陽のような明るさ、暖かさを感じた」そうである。「華やかですね」と話しかけたら、「華やかですって」と大喜び。青山三丁目で降りられたという。  かつて「婦人」という語を拒否する風潮があった。「婦」は箒を持つ女を表し、家庭に閉じ込もる女性の象徴になるからだという。しかし「婦人」の持つムードは捨て難く、特にご高齢の場合、老女、老女性はどうも頂けない。「着飾りて」「春陽の笑顔」とくれば、やはり「老婦人」でなければ、と私は思う。(恂)

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