見下せば春のきざしや谷戸の里   印南 進

見下せば春のきざしや谷戸の里   印南 進 『この一句』  谷戸(やと)は「やつ」「やち」とも言い、関東地方で谷間の低湿地を示す言葉だったのが、いつしか地名にもなり、鎌倉周辺には今もたくさん残っている。  JR横須賀線鎌倉駅の西口を出て北鎌倉駅方向に行く道一帯が、扇谷(おうぎがやつ)という鎌倉で最も代表的な谷戸である。谷戸のほぼどんづまりには、初春の梅、晩春の海棠、藤をはじめ四季折々の花で有名な海蔵寺があり、手前には太田道灌の旧居と言われる英勝寺、鎌倉三代将軍実朝と母親政子の墓のある寿福寺がある。それらの寺の背後は切り立った崖で、近くの化粧坂(けわいざか)切通しを上ると源氏山。ここから木間がくれに西側には片瀬藤沢方面に通じる町並みが、東側には上って来た扇谷の里が見える。  ここ以外にも三方を山に囲まれた鎌倉はどこを上っても谷戸の里が見下ろせる。そして、町並みの向こうに遥か鎌倉の海が望める。この丘陵地帯を春先に辿るのはとても楽しい。足元には菫が、目を上げれば新芽の息吹と、キブシ、ハンノキ、クマシデなどが金鎖のアクセサリーのような花房を垂らし歓迎してくれる。この句はそうした早春の谷戸の雰囲気を素直に伝えている。(水)

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