文鳥の孵化せぬ卵二月尽く   星川 佳子

文鳥の孵化せぬ卵二月尽く   星川 佳子 『季のことば』  この句は「二月尽」などと言わずに、平明に「二月尽く」と詠んだところが良かった。というのも、近ごろはどの月にも「尽」をつけて、したり顔の俳句が多く、うんざりさせられているからである。  月名に「尽」をつけて、「ああこの月も終わってしまうのだなあ」という詠嘆を籠め、過ぎゆく季節を惜しむ詠み方は俳諧時代からの伝統である。しかしそれには分というものがある。「尽」をつけてなるほどと思わせる月は、四季の移り変わりの月である。春が尽きんとする旧暦三月と、秋が果てる旧暦九月が「尽」を付けるに最もふさわしい。弥生尽、三月尽、九月尽ということになる。これを現代の暦に直した「四月尽」と「十月尽」もまずは頷ける。これ以外の月にわざわざ古風な「尽」をつけて勿体ぶるのはどうかと思う。それよりは「尽く」「果てる」「果つ」「ゆく」などとした方が素直で感じがいい。  この句、文鳥が抱卵し始めたのだが、どうしても孵らないと詠んでいる。春が兆したとは言ってもまだまだ寒い、二月末の気分をよく伝えている。(水)

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春風や外人墓地に辞書ひらく   岡田 臣弘

春風や外人墓地に辞書ひらく   岡田 臣弘 『この一句』  横浜山手の外国人墓地には、幕末の横浜開港時にやって来て活躍した外国人が数多く眠っている。明治五年に新橋横浜間に鉄道を走らせた初代国鉄技師長の英国人エドモンド・モレル、フェリス女学院創設者の米国人宣教師メアリー・E・キダー女史、幕末維新の日本の風景や事件を描いた画家・漫画家で「ジャパン・パンチ」を創刊した英人チャールズ・ワーグマン、青い目の落語家として一世風靡したオーストラリア人快楽亭ブラック等々、有名無名四千八百人の墓が並んでいる。  まさに近代日本の黎明期を彩る外国人たちのよすがを辿る丘であり、墓園が一般開放される土日祝日には、「港の見える丘公園」目指してやって来る観光客に混じって、歴史愛好家が墓石をカメラに収めたり、墓碑銘をメモしたりしている。作者ももちろんその一人である。  しかし、しかつめらしい歴史探訪ではない。なにしろ春風に吹かれての散歩のついでなのである。「それにしても辞書を持ち歩いているとはエライもんですなあ」「いやいや、今はやりのちょいちょいと指で叩くやつですよ」。(水)

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見下せば春のきざしや谷戸の里   印南 進

見下せば春のきざしや谷戸の里   印南 進 『この一句』  谷戸(やと)は「やつ」「やち」とも言い、関東地方で谷間の低湿地を示す言葉だったのが、いつしか地名にもなり、鎌倉周辺には今もたくさん残っている。  JR横須賀線鎌倉駅の西口を出て北鎌倉駅方向に行く道一帯が、扇谷(おうぎがやつ)という鎌倉で最も代表的な谷戸である。谷戸のほぼどんづまりには、初春の梅、晩春の海棠、藤をはじめ四季折々の花で有名な海蔵寺があり、手前には太田道灌の旧居と言われる英勝寺、鎌倉三代将軍実朝と母親政子の墓のある寿福寺がある。それらの寺の背後は切り立った崖で、近くの化粧坂(けわいざか)切通しを上ると源氏山。ここから木間がくれに西側には片瀬藤沢方面に通じる町並みが、東側には上って来た扇谷の里が見える。  ここ以外にも三方を山に囲まれた鎌倉はどこを上っても谷戸の里が見下ろせる。そして、町並みの向こうに遥か鎌倉の海が望める。この丘陵地帯を春先に辿るのはとても楽しい。足元には菫が、目を上げれば新芽の息吹と、キブシ、ハンノキ、クマシデなどが金鎖のアクセサリーのような花房を垂らし歓迎してくれる。この句はそうした早春の谷戸の雰囲気を素直に伝えている。(水)

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立春の水一滴や鍾乳洞   宇野木 敦子

立春の水一滴や鍾乳洞   宇野木 敦子 『合評会から』(三四郎句会) 崇 天から地中までと句柄が大きいですね。とても綺麗で格調を持った秀逸句だと思います。 賢一 鍾乳洞に水が滴って、立春と響き合っている。 久敬 立春と鍾乳洞にどういうつながりがあるのかと、初めは思ったが、何となく関係がありそうに見えてきたので選びました。           *       *       *  作者は「春ですから、水温むの感じを出そうとしました」と述べ、句会には『立春や水一滴の鍾乳洞』という形で出したのだそうである。もちろんこれでも立春らしい雰囲気が伝わって来るが、「(句の調子が)もう一つしっくり来ない面がある」(恂之介)という評が出て、皆でわいわいやっているうちに、上掲句に落ち着いたという。なるほどこれで「水一滴の鍾乳洞」という、妙なつながり具合が解消され、すっきりした。心許した仲間内の句会ならではの“共同作業”が微笑ましい。(水)

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立春や鬼の足跡山に消ゆ   後藤 尚弘

立春や鬼の足跡山に消ゆ   後藤 尚弘 『季のことば』  今年平成二十七年一月一日は旧暦ではまだ十一月十一日で、旧暦の元日(中国は現在もこの日を「春節」と呼んで祝う)は立春から半月も過ぎた二月十九日であった。つまり、今年は「年のうちに春は来にけりこの春を去年とやいはん今年とやいはん」の歌が当てはまる年なのだ。今日二月二十三日は旧暦ではようやく三が日が明けて屠蘇気分を振り払う一月五日である。  「立春」は寒さの極まる頃合いであり、東京でも雪が降ったり氷が張ったりする。それでも立春と聞くと、暦などに縁の無い若者たちまで、はしゃぎ顔になったりする。  この句、都会の住宅密集地では珍しくなった豆撒きがまだ盛んな地方か、里山を間近にした郊外住宅地ででもあろうか。昨夜の鬼打ち豆がまだ庭先に転がっている。その先へ視線をずらして行くと・・・なんと霜どけの道に大きな足跡のようなものが山の方へと続いている。  「お父さんの元気のいい掛け声で豆をぶつけられた鬼が逃げて行ったのよ」立春のうららかな陽差しの中で、母子が楽しげに喋っている。(水)

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東風ほのか並足慣らす当歳馬   水口 弥生

東風ほのか並足慣らす当歳馬   水口 弥生 『この一句』  馬術の基本は常歩(並足・なみあし)と言って、四拍子で右後肢、右前肢、左後肢、左前肢の順に、四肢が別々に着地する歩き方。ただ、馬にとってごく自然なのは右前肢と左後肢、左前肢と右後肢をペアで出す歩き方(馬術では斜対歩という)らしく、並足で歩き始めてもすぐに斜対歩になったり、あるいは思い思いの走り方をしてしまう。というわけで、生後一年もすると、人間が歩き方を訓練する。最初はこの常歩をじっくり仕込む。  作者によると、これは世田谷の馬事公苑での風景だという。馬事公苑あたりに連れて来られた子馬なら、もう二歳になっているかも知れないが、いずれにせよやんちゃである。中には騎乗者の言うことを聞かないのもいるだろう。人間の腕白盛りと同じで、この時期にしっかり躾けておかないと、後々使い物にならない。  見物している方は呑気なものだ。言う事を聴かずにあっち向いたり、首を大きく振ったり、いなないたりする子馬に声援を送っている。ほのかな東風が心地良い。(水)

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立春に箒の先も弾みけり       宇佐美 論

立春に箒の先も弾みけり       宇佐美 論 『合評会から』(三四郎句会) 尚弘 箒の先とは細かいところに目をつけたものだ。竹ぼうきでしょうか、その先が撓って、ぴんぴんと弾んでいるんですね。春が来たという喜びが感じられます。 照芳 全く同じです――。(司会者 それだけですか)。そうです(笑い)。 賢一 私も同じですが(笑い)。箒の先が弾む、に尽きています。 信 私は少し長く話します(笑い)。やっと冬が去って、庭の掃除をしようと思い立ったんですね。地面を掃いたら箒の先が弾んでいたのですが、それ以前に自分の心が弾んでいたんですよ。 崇 同感です。この句には作者の気持ちの省略があります。私の心も、箒の先も、なんですね。箒の先に目が届いた時、「弾んでいる」と感じるような心のありよう、と言ってもいいかな。                *           *  俳句では「箒の先も」のような「も」は、なるべく使わない方がいい、と言われる。しかしこの句の場合、二人の選者が言うように「私の心も」が省略されている。「も」の必要な句、と言えるのだろう。(恂)

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春めくや仏微笑むみちのく展      野田 冷峰

春めくや仏微笑むみちのく展      野田 冷峰 『この一句』  開催中の「みちのくの仏像」展(東京国立博物館)を見て、「微笑仏」の原点に接した気がした。何体かの仏は明らかに微笑していた。微笑仏とは一般に江戸後期に諸国を巡った木食行道作の仏像を言うが、木食仏の先には江戸前期の円空仏があり、さらにその先に、平安時代以来のみちのくの仏があるのだろう。  会場には三体の円空仏があって、他の仏像を上回る観客を集めていた。円空の最も初期の独特の荒々しい鉈彫りには至らぬ、丁寧な鑿(のみ)跡を残す作である。円空はほぼ一生と言えるほどの歳月を諸国行脚に費やしたが、東北地方の仏たちに出会い、仏師への道を歩み出したのかも知れない。  春めいたと思えば、すぐに真冬に逆戻り。まるで「早春賦」のような気象状況が続くが、みちのく展には早春の風が流れているようであった。句の作者は言う。「みちのくの仏さんには奈良・京都の仏像にないやさしさがあった」。彼はこの仏たちに微笑を見つけ、春めく頃の雰囲気を感じ取ったのである。(恂)

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消防の二台見守る野焼かな       徳永 正裕

消防の二台見守る野焼かな       徳永 正裕 『合評会から』(番町喜楽会) 水牛 野焼きの現場を何度か見たけれど、火は思わぬ時、一気に広がる。消火も怠りないはずだが、消防が二台見守るという・・・なるほど、こういう風に詠むのかと感心した。 双歩 野焼きの炎の赤と消防車の赤と。のどかな雰囲気もあって、こじんまりした野焼きかと思いました。 而雲 「消防車」ではなくて、「消防の二台見守る」と詠んだところがうまい。 白山 私も「消防の二台」がいいと思った、 可升 野焼きの風景をよくまとめられた。消防団の印半纏という句は見たことがあるが、消防の二台とは調子がいい。 正裕 (自宅のある)佐倉の実景なんです。消防車を見つけたので、何事かと行ってみたら、野焼きだった。 水牛 野焼きやるところに君は住んでいるんだ(笑い)。うらやましい(大笑い)。              *              *  晴天、真昼間の野焼きを見たことがある。炎はほとんど見えず、煙が動いていく。煙が間近まで来た時、火炎が見えた。案外な勢いがあり、さらに広がる様子である。「やばいぞ」などと慌てていたら、見回りのおじさんたちが来て「大丈夫だよ。風もないし」と笑っていた。火は農業用水の溝で止まった。(恂)

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食初めの子に膝蹴られ春立ちぬ     須藤 光迷

食初めの子に膝蹴られ春立ちぬ     須藤 公迷 『合評会から』(番町喜楽会) 水牛 明るくて、いい感じの句です。食い初めは確か百日目ですね。元気な子なんでしょう。足を突っ張って、つんつん蹴って。そういうことがよく伝わってくるし、立春ともよく合っている。 可升 勝手に男の子と決めてしまいました。季語の「春立ちぬ」にぴったりです。 俊子 そうですね。食い初めの子と立春が本当によく合っています。 而雲 赤ん坊の両脇を支えて持ち上げる時に、膝を蹴られたということですか。 冷峰 ぼくは孫が二年続けて生まれて、食い初めの句を二回作ったけれど、「孫」としたので評判が悪かった。この句を見て、孫でも「子」と詠んでいいんだ、と気づきました(笑い)。次はこれでいこうと・・・。              *           *  孫でも「子」と詠んでいい、というのは、俳句作りにおける大発見である。ジョークでなく、私は真面目にそう思う。孫を詠むと、孫への可愛さが余って句が甘くなる、とされている。その通りなのだが、孫を客観的に捉えて「子」とすれば、ジジ馬鹿、ババ馬鹿が消えるのは自明の理。私もこれで行こう。(恂)

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