乗り違へ逆行く電車暮易し   徳永 正裕

乗り違へ逆行く電車暮易し   徳永 正裕 『この一句』  これには作者自身よほどびっくりしたのだろう、その思いがよく伝わって来る。実は筆者はこの情景の発生する寸前を見ている。長瀞の吟行を終えての帰りの秩父鉄道電車、私は熊谷まで行ったのだが、この句の作者は仲間数人と東武電車に乗り換えるために寄居で降りた。  寄居では階段を上って別のホームに行かねばならなかったのだが、なんという勘違い、仲間の一人が同じホームの反対側に停まっていた電車に乗ってしまった。それにつられてみんな何の疑問も感じずに乗り込んだ。すぐに発車ベルが鳴り、元来た方向に走り始めた。驚くのも無理はない。すったもんだの逆戻りで、小一時間損をして都心部に戻ったという。  なんともバカバカしい出来事を日記風に詠んだだけのように見える。しかし、莫迦ばかしさの裏にひとくさり物思わせる感慨がある。「逆行く電車」という叙述に、人生行路上時にはとんでもない出来事に見舞われるということが示唆されているようだ。気はせくが、戻りの電車はなかなか来ない。お日様はまさに釣瓶落とし、田舎駅はたちまち薄暗くなって心細さもつのる。(水)

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