遠き日の師走映画や高倉健   片野 涸魚

遠き日の師走映画や高倉健   片野 涸魚 『この一句』  今年は実にいろいろなことがあった。年初には、割烹着姿で万能細胞STAPを創り上げたというオボカタハルコさんが颯爽登場、「全聾の天才作曲家・二十一世紀のベートーベン」サムラゴウチマモルさんも躍り出た。いすれも華やかなスポットライトを浴びたが、あちこちから「疑義」が出始め、結局は真っ赤な偽りであったと断罪された。  秋には青色LEDの発明で日本人学者三人がノーベル賞という明るいニュースがあったが、アベノミクスが掛け声倒れになり、消費税10%は先送り、世界一の借金大国の財政再建は放置、社会保障・福祉の実質的縮小とお先真っ暗を予感させる暗雲が立ちこめた。このままでは政権が保たないと、ヤケになったバクチ打ちが逆張りするように、電光石火解散。これが図に当たって与党大勝利でバンザイを繰り返したが、一般庶民は白けきったまま。  そして年末、人気俳優高倉健、菅原文太が相次いで亡くなった。高度成長期からバブル崩壊期、ずーっと一緒に過ごしてきた実年・熟年世代にとっては、平成26年はそぞろ感慨にふける年でもあろう。作者はその思いを健サンを据えてしみじみと詠んでいる。(水)

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気のせいと医師笑ふ午後冬ぬくむ   河村 有弘

気のせいと医師笑ふ午後冬ぬくむ   河村 有弘 『合評会から』(三四郎句会) 久敬 医者に「病気じゃないですよ」と言われ、その日の暖かさに気づく。冬温しによく合っていますね。 賢一 私の実体験に重なります。医者に「何でもないよ」と言われると、本当に安心する。その安心感が冬温しですね。 恂之介 気になっていることが杞憂だった。この冬温しは、いいですね。 進 ほっとした感じがよく分かります。           *     *     *  七〇歳の声を聞く頃になると、若い内には思ってもみなかったことを思うようになる。それは土曜日曜、盆暮れの「本日休診」のことである。金曜の夜とか、暮れの30日の晩方とかに、しばしばどこかが具合悪くなる。もう診てもらえる医師はいない、と思った途端に心細くなり、苦しみがつのる。必死の思いで頑張って、休み明けの医院を真っ先に訪れる。「大丈夫ですよ」と言われて長大息。いつまでも生きているのは場所塞ぎかも知れないが、やはり一日でも長く丈夫で長生きしたい。これが業というものなのだろうか。(水)

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古暦余白のメモを読み返し   宇佐美 諭

古暦余白のメモを読み返し   宇佐美 論 『合評会から』(三四郎句会) 有弘 過ぎた日を思っているのだから、年をとった人ですか。 恂之介 そうとは限らない。一年間の暦が残っているわけではないけれど、十二月の暦としてもいい。こういうことがあった、と振り返っているんですね。 崇 作者の生活の一コマと言っていいでしょう。           *     *     *  年の暮れ、今年のカレンダーの後ろに来年のを掛ける。その途端に、まだ使っている今年のカレンダーは「古暦」と呼ばれるようになる。これが俳句の世界での約束事になっている。新年に思いを馳せながら、ああ今年も終わりだなあという感慨を抱くよすがとなるのが「古暦」という季語。  月ごとのカレンダー、あるいは卓上の日めくり暦。十二月末になって新しいのを据えた時に、古い暦のあちこちに書かれたメモに目が止まる。ああこの月にはこんなことがあったか、あの旅行は楽しかったな等々一年が走馬燈のように回る。(水)

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冬ざれや鈴なりの柿朽ちるまま   堤 てる夫

冬ざれや鈴なりの柿朽ちるまま   堤 てる夫 『この一句』  農家の庭先や田畑のはずれには必ずと言ってよいほど大きな柿の木がある。晩秋、朱色の実をいっぱいつけた柿の木が真っ青な空に映えるのを仰ぎ見ると、つくづく「日本の秋だなあ」と思う。  ところが近ごろはその光景がなんと十二月末まで続く。誰も実を取らないからである。昔は赤くなると一つずつもぎ取り、丁寧に皮を剥いて紐でつなぎ吊し柿を作った。これが冬場の絶好の茶請け菓子になり、膾(なます)などを拵える時の甘味材料として重宝がられた。  しかし、今ではもっと口当たりの良い洒落た菓子がいくらでも手に入る。干柿の需要が激減した。人手も少なくなったから干柿作りもしなくなり、従って実を取ることもしない。というわけで鴉やムクドリ、ヒヨドリなど、柿が好物の鳥たちも食べ飽きてしまい、生りっぱなしになっている。  時雨が来て、凩に木の葉が吹き散らされ、やがては雪が舞う。その頃になってもまだ、黒褐色に干からびた実を交えながら枝にしがみついている柿の実。そぞろ哀れを催す。まさに冬ざれである。(水)

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遠き日の押しくらまんじゅう冬温し    渡辺 信

遠き日の押しくらまんじゅう冬温し    渡辺 信 『季のことば』  「押しくらまんじゅう」を全て漢字で書くと「押し競饅頭」となる。「競べ」をの「べ」が、いつしか省かれたのだろう。何人もの子供が集まり、全員が中心に向かって押し合いをする遊び。あれは遊びではあるが、相当に激しい運動であり、凍えた体を暖めるための生活の知恵でもあった。  全盛期は終戦直後、学校に暖房設備の少なかった頃だったと思う。余りの寒さに先生が提案し、クラスの全員が始めた、と句会で語った人がいた。中心に押し込まれ、ものすごい圧力を受け、気が遠くなった、と言う人もいた。体験者にとっては、よき思い出ばかりではなかったようだ。  「押し競饅頭」は冬の季語とされるが、現在では載せていない歳時記もある。いずれは消えてゆく季語なのだろう。この句の季語はもちろん「冬温し」であり、季重なりを気にするほどのこともない。温かい冬の一日、懐かしくも遠き少年時代を思う・・・。作者はそんな自身の様子を描いたのである。(恂)

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伊那谷の光集めて山眠る       宇野木敦子

伊那谷の光集めて山眠る       宇野木敦子 『この一句』  太平洋戦争の末期、作者は東京から父母の故郷・長野県伊那の喬木村(たかぎむら)に疎開し、小学校一年からの七年間を過ごした。この時期、伊那の東西に控える赤石、木曾両山脈の峰々は雪を頂いていたが、その手前の中小の山や村周辺の里山は枯色に染まり、暖かそうだったという。  句会で「山眠る」という兼題を出されて、作者の頭に浮かんだのは、もちろん身近な里山であった。友達と遊びに行けば、散り尽くした落葉が山肌を埋めていた。晴れた日は明るい日差しを一面に受け、落葉の布団の中で山が眠っているように思われた。「落葉の光集めて」というフレーズがまず浮かんだ。  俳句を始めて間もない作者は「一句に二つの季語を入れないように」と教わっていた。「山眠る」と「落葉」が季重なりだと気づいたが、代わりの言葉がなかなか見つからない。やがて「伊那谷の」という言葉を得て、句に落ち着きを感じたという。地名の持つ不思議な力によるものだろう。(恂)

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古民家の温もりやはり隙間風    吉田 正義

古民家の温もりやはり隙間風    吉田 正義 『季のことば』  隙間風は案外、新しい季語であるようだ。手元の歳時記や大辞典などに江戸時代の作例はなく、明治・大正以降の句を僅かに見かける程度である。その昔、隙間風は俳句に詠むに値しないほどの風だったが、近代的な家が増えて以降、季語として認められるようになったのかも知れない。  そしてさらに一転、今日の隙間風はほぼ完全に過去のものになってしまった。家造りに気密性が欠かせず、窓や戸をきちんと締めれば隙間がないのだから、隙間風も有り得ない。若い人はこの風を知らず、戦後の貧しい時代を過ごした人だけが、あの頃の風として思い出すくらいのものだろう。  しかし隙間風はまだ生きていた、と句の作者は言う。田舎で売り出し中の古民家などに行った時の体験だろうか。温もりのある古民家、などと言われるが、その場に居ると、やはり隙間風が吹いてきた。懐かしいような、逃げたいような、昔のいじめっ子に出会ったような気持ちになったのではないだろうか。(恂)

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冬の月ローマ遺跡の白柱     石黒 賢一

冬の月ローマ遺跡の白柱     石黒 賢一 『この一句』  喜寿を迎えた作者は仕事に一区切りをつけ、かつて駐在したイタリアへ一か月ほど、のんびりとした一人旅を楽しんできた。この句はもちろん、ローマ市内で見かけた夜の風景である。俳句を始めて数年だから、作り方にまだ自信がない。この形に仕上げるまで結構、苦心したという。  まずローマという地名である。「ローマにて」と前書をつければ楽だが、そうすると他の地の場合にもつけたくなる。地名はなるべく句の中に入れることにしたが、今度は詠みたいことが十七音に収まりにくい。この句では、遺跡に立つ真っ白な大理石の柱を五音で表現しなければならないのだ。  作者は考えた末、「白柱」(しろばしら)としたのだが、何となくしっくりこない面がある。私(筆者)は字余りでも「白き柱」がいいかな、と思ったが、かつて大相撲では土俵の四本柱を「赤柱」「白柱」などと呼んでいた。どちらがいいのか、どちらでもいいのか。私にはまだよく分からない。(恂)

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年惜しむせめて背筋は高倉健     杉山 智宥

年惜しむせめて背筋は高倉健     杉山 智宥 『この一句』  この年末、高倉健はおそらく、数千の俳句に詠まれたに違いない。男の中の男を演じ切った稀代の名優である。それに亡くなったのはつい先日(十一月)のことだった。惜しむべき人として記憶も生々しく、それだけに「健さん」という類型の中に詠まれた句が多いのではないだろうか。  しかしこの句は、明らかに類型を脱している。まず背筋に目を付けたこと、さらにそれを自分に当てはめたことだ。顔は仕方がない、せめて背筋は、というところに、一人の俳優を慕ってきた自分へのペーソスが感じられよう。名句・佳句の要素の一つ「言われてみればその通り」の句でもある。  「中でも背筋が一番ピンとしたのは『ぽっぽや(鉄道員)』だった」と作者は語っている。全作品を観た上に、主要な作品をはっきりと記憶しているくらいでないと、こうは言い切れない。作者の記憶の中に高倉健への確かなバックボーンがある。追悼句は安易に作れない、と思うようになった。(恂)

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LED時雨を浴びて煌めけり   流合 研士郎

LED時雨を浴びて煌めけり   流合 研士郎 『この一句』  今年のノーベル物理学賞には青色を発するLED(発光ダイオード)の発明を讃えて日本人三人が選ばれた。三人が実用化への道筋をつけてくれたことで、この画期的な発光媒体LED照明が大量生産できるようになり、極めて短期間に地球上をくまなく照らすことになった。いたずらに夜を明るくすればいいというものではないとは思うのだが、とにかく世界の夜がにぎやかになったことは確かである。  この句もやはりLEDイルミネーションできらきらと輝く夜の繁華街を詠んだものだ。ビルの壁面や街路樹にLED照明がまたたく。それがさっと降って去った時雨で一層煌めきを増したというのである。  クリスマス、年の暮れの都会風景をうたい、特に「今年の句」として値打ちがある。これもまた時事句の一つと言えようか。(水)

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