行く秋や壁のゴキブリ手ではたく   岡田 臣弘

行く秋や壁のゴキブリ手ではたく    岡田 臣弘 『季のことば』  晩秋は虫たちも一生懸命である。子孫を残すためか、自分が越冬する体力をつけておくためか、しきりに食糧を求め動き回る。蟻は虫の死骸や動物質のゴミに群がり、蜘蛛は羽虫を絡め取ろうと巣を張り巡らす。ゴキブリだって同じである。  造化の神の配剤か、ゴキブリは人間の住み処に近く暮らすよう仕向けられたのが幸せでもあり、またとない不幸でもあった。食い物が簡単に獲得できるのは幸せだが、人間に見つかったが最後、殺虫剤を浴びせられ、箒で引っぱたかれる。それがため、昼間は人目につかぬ所に潜み、夜暗くなると出て来て台所などを這い回る。ところが、秋も深まって来ると、ゴキブリの食欲は旺盛になって、昼間から出て来たりする。  さてこの句、行く秋の物思いに耽っていて、ふと気付くとゴキブリが壁を這っている。あいにく手近に殺虫剤は無いし、良き得物も無い。拱手傍観、ゴキブリの蹂躙を黙って見逃すか──。老いてなお血気盛んなる主人は、「こいつめっ」と叫ぶなり、手で叩き殺した。裂帛の気合いが句に漲っている。しかも実にバカバカしくて、面白い。(水)

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