小上りに古希ことほぐや走り蕎麦   玉田 春陽子

小上りに古希ことほぐや走り蕎麦   玉田 春陽子 『この一句』  粋な句である。まず「小上りに」という出だしがいい。「うちは飛び切りの老舗ですよ」なんて看板を鼻先にぶら下げた嫌味な蕎麦屋ではない。ごく庶民的な昔ながらの店だが、食わせるものに間違いのない蕎麦屋である。気軽な店で、腰掛席の脇に低い畳敷きの小上りがあって、低い衝立で仕切ってある。  気のおけない仲間四、五人が上がり込んで、「タマちゃん古希お目出度う」なんてやっている。新蕎麦にはもちろん醸したばかりの「新走り」。こういうのを「歯にしみ通る」というのだろう、しみじみ幸福感に浸る。悪ガキ時代からの仲間があれこれ他愛の無い旧悪を暴露しながら、「お前もよく七〇まで生きたもんだ」「そういうお前こそ」なんて笑い合っている。端からみれば至極馬鹿々々しい情景だが、本人同士、ふざけ合っているようでいて案外真面目である。  お互いに身体のあちこちに不具合が生じ始めているが、立ち居振る舞いにはまあ支障はない。欲を言えば切りがないが、まずまずの暮らしを送っている。この状態をまずは寿ぐべきなのだろうなあと、新蕎麦の最後の切れっ端をつまんだりしてる。(水)

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