雑草を分けて墓参の廃寺かな   深田 森太郎

雑草を分けて墓参の廃寺かな   深田 森太郎 『この一句』 (承前 墓参の句)  この墓の主と作者とはどういう関係にあるのかな、親の墓をこのような状態にしておくことは考えられないし、何か昔深い関わりが有りながらそのままになっていた人の墓なのか、などと首をひねった。その挙げ句に考えたのは、普段参る親の墓は東京にあるのだが、故郷に先祖代々の墓があって、そこにも分骨してある。その檀那寺はいまや廃寺になってしまっているが、何年かぶりで参詣したというストーリーだ。  その当否はさておき、何となく、何かがありそうな感じのミステリー句である。「廃寺かな」の代わりに、疑問を解くカギになる言葉を入れてくれればなと思うが、それは無い物ねだりというものかも知れない。  今やこうした情景は日本列島至る所に見受けられる。新聞を見ていたら、地方の過疎化はますますひどく、2030年には全国1800市町村のうちの866が自治体として成立できなくなる消滅可能性都市なのだという。もう既にそれが現れている市町村は多く、無縁墓、無住寺が続出している。この句は現実を描いた時事句でもある。(水)

続きを読む