墓参り親父の好きな稲荷鮨   加藤 明男

墓参り親父の好きな稲荷鮨   加藤 明男 『この一句』  これはとても分かりやすい墓参句である。墓を洗い、花を供え、線香をくゆらせ、父親の好きだった稲荷寿司を上げて、家族そろって手を合わせる。春と秋と、それにお盆と、見慣れた光景である。  都会住まいの家庭では墓地がかなり離れた郊外にあることが多い。ましてや墓が故郷にある家ともなれば尚更で、墓参は年に一度が精一杯ということにもなる。故人の好物を供えるにも感慨一入ということになろう。  秋彼岸の頃の、暑くもなく寒くもなく、抜けるような青空に爽やかな風が吹き抜ける中での墓参は、オジイチャン、オバアチャンの思い出話などをしながら、一家団欒のなごやかな空気が醸される。ご先祖もきっと喜んでくれているに違いない。  稲荷寿司という庶民的な食べ物を出したところが、湿っぽくなりがちな墓参句を明るい感じにしている。(水)

続きを読む

雑草を分けて墓参の廃寺かな   深田 森太郎

雑草を分けて墓参の廃寺かな   深田 森太郎 『この一句』 (承前 墓参の句)  この墓の主と作者とはどういう関係にあるのかな、親の墓をこのような状態にしておくことは考えられないし、何か昔深い関わりが有りながらそのままになっていた人の墓なのか、などと首をひねった。その挙げ句に考えたのは、普段参る親の墓は東京にあるのだが、故郷に先祖代々の墓があって、そこにも分骨してある。その檀那寺はいまや廃寺になってしまっているが、何年かぶりで参詣したというストーリーだ。  その当否はさておき、何となく、何かがありそうな感じのミステリー句である。「廃寺かな」の代わりに、疑問を解くカギになる言葉を入れてくれればなと思うが、それは無い物ねだりというものかも知れない。  今やこうした情景は日本列島至る所に見受けられる。新聞を見ていたら、地方の過疎化はますますひどく、2030年には全国1800市町村のうちの866が自治体として成立できなくなる消滅可能性都市なのだという。もう既にそれが現れている市町村は多く、無縁墓、無住寺が続出している。この句は現実を描いた時事句でもある。(水)

続きを読む

肩の荷を下ろして帰る墓参かな    井上庄一郎

肩の荷を下ろして帰る墓参かな    井上庄一郎 『合評会から』(日経俳句会) 好夫 墓参した、そのこと自体で肩の荷が下りる。この感覚は理解できますね。 悌志郎 この句は私の気持ちそのままです。墓参りすると本当に義務を果たした気持ちになります。 二堂 私は父の一周忌法要を終えてホッとしたところです。それだけに作者の気持ちがよく分かる。ある意味で墓参の本質を衝いており、面白い句だと思う。 杉山 。作者はまじめな人だ。故人に対して何か負い目があったのか、それで肩の荷が下りたのかも知れない。 広上 もしかしたら大恩人か。背景にドラマがあるような気もする。 井上(作者) 墓参後の、ああ終わった、という気分を詠みました。墓は遠い所にあるので簡単には行けない。それで行ったときは、いつもこのような感じを持つのですよ。 反平 うちの女房、この句を見て、「よく分かるわ」と言っていた。             *          *  墓参りの心はそれぞれ異なるようで、実は一つに集約されているのだろう。年年歳歳、墓参相似たり。(恂)

続きを読む

墓参してロシア兵にも手を合わす   村田 佳代

墓参してロシア兵にも手を合わす   村田 佳代 『この一句』  ロシア兵の墓。日露戦争の時に日本軍の捕虜になり、抑留中に亡くなったロシア兵士たちの墓と思われる。愛媛県松山市、大阪府泉佐野市などいくつかの地にあり、望郷の念を抱きながら亡くなった彼らの霊を慰めるために、それぞれの地で墓をつくり、清掃なども行なわれてきたようだ。  作者は自分の家系の墓に詣でたと思われる。子供の頃から何度も行っていて、同じ墓地のロシア兵の墓のことは、親などから聞いていていたのではないだろうか。日露戦争はもう遠い過去のことだが、異国で寂しく亡くなったロシア兵士のことを思うと、墓に手を合わせずにいられなかったのだ。  インターネット情報によれば当時、松山市に4千人ものロシア兵がいた。捕虜と言うと第一次大戦後、徳島県鳴門市でのドイツ兵の「第九」演奏が有名だが、松山などでも市民とロシア兵との心温まる交流がたくさんあったという。その心、今なお、と言えるのだろう。こういう墓参もある、と教えられた。(恂)

続きを読む

墓洗う妻の手荷物持ちにけり     鈴木 好夫

墓洗う妻の手荷物持ちにけり     鈴木 好夫 『この一句』  墓を洗うのは概ね、なかなかの労働である。夫が「この辺でいいだろう」と止めても、まだ汚れが残っていたのだろう。そこで妻が作業を引き継ぎ、夫は妻のバッグなどを持たされている――という風景を、初めに思い描いた。しかし不精な夫は墓参の仕事を、初めから妻に任せていたのかも知れない。  妻は墓前に立つや荷物、持参の花などを「はい」と夫に手渡す。夫は当然のようにそれらを受け取り、妻にすべてを託してしまう。テキパキと動く妻、その見事な働きぶりを見ているだけの夫。作者ご夫妻を知っている一人として、どうやらこちらの方が正解かな、と思われてきた。  先日の彼岸の中日(9月23日)、関東周辺の寺や霊園はいつもより墓参の人が多かったという。天候不順の頃、予報では晴れとなっており、「この日」と決めていた人が多かったようだ。私(筆者)もこの句のような情景に接し、作者ご夫妻の様子を思い浮かべた。墓参風景は実に多彩、一家の縮図でもある。(恂)

続きを読む