縁日の金魚と五年ともにあり     須藤 光迷

縁日の金魚と五年ともにあり     須藤 光迷 『この一句』  縁日などで掬ってきた金魚は「すぐに死ぬ」という一般的な印象があるようだ。金魚の生産地などでは「屑金魚」と呼ばれる一群で、売り物としての選別から外れたものだという。金魚掬い用ならまだしも、熱帯魚などの生餌用になるものもあるというから、金魚も楽ではない。  金魚掬い用になってもかなり辛い将来が待つ。餌は与えられず、乱暴に扱われているので、掬って家に持ち帰っても大方はすぐ死んでしまうのだ。しかし句会では「けっこう長生きする」という意見も相次いだ。いったん餌を食べ出せば、第二次大戦後の焼け跡派のようにしぶとく生き延びるらしい。  この句は詠み方に飾りや力みがなく、事実をそのまま述べただけである。「深刻ではないし、日常的なんだ」というコメントがあった。それでいて金魚との生活がこの後も淡々と続いて行く、という雰囲気が読み取れる。こんな句を作ってみたいと思うが、けっこう難しいかも知れない。(恂)

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