進めども壁ばかりなる金魚かな   流合研士郎

進めども壁ばかりなる金魚かな   流合研士郎 『この一句』  買って来た金魚をガラスの水槽に放つと、四面のガラス壁に鼻面をぶつけて死んでしまうことが多い。しかし、生き残った奴はかなりしぶとい。四面壁であることをちゃんとわきまえ、やわらかに顔を近づけては方向転換する。陶磁器の甕などで飼うと、最初から突き当たりのあることが分かるから、自然に回遊するようになる。ガラス鉢の場合も「目に見えない壁」のあることを学習して、自然にぐるぐる回るようのなる。  そしてある時、そういう金魚を庭に作った小さな池に放してやった。かなり育って、水槽が窮屈そうになったからである。小さいとは言え、池は水槽の何十倍もある。さぞかし気持ちよく泳ぐだろうと思っていたら、池の縁近くをくるくる回るばかりで一向に真ん中に泳ぎ出して行かない。己の世界はこれくらいと決めてかかっているようであった。  こっちに進んでも、あっちに進んでも壁。これは金魚に託した述懐の句でもあろうか。ただし、さらりと見たままを詠んで理屈めいたことを言っていないところがいい。(水)

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