深刻な話をいなす金魚かな      大下 綾子

深刻な話をいなす金魚かな      大下 綾子 『この一句』  魚類は瞼(まぶた)を持たないから、目を閉じることができない。金魚ももちろん同じで、寝ている時も目を開いて、ゆらゆらと漂っている。夜遅くそっと家に帰り、「妻は寝ているかな」と気遣いながら居間に入ると、水槽の金魚に見つめられているようで、びっくりすることもある。  金魚は猫や犬と同様、家族に近い存在である。この句の二人、たぶん夫婦は、ちょっと難しい話をしていた。考えが食い違って、対立がエスカレートしてくる。話し合いが口げんかのようになり、互いにまずいな、と思っている。すると水槽の金魚が泳ぎの方向を変え、大きな尾をゆらりと揺らした。  夫が水槽に目をやり、言おうとした言葉を胸に収めた。妻も金魚の動きに気づいた。二人とも、つまらぬ言い合いをしていた、と気づいている。金魚は琉金だろう。ぷっくりと腹が膨れて動きが鈍いが、垂れた尾を翻して、夫婦の対立を解いてしまった・・・。うまく作るものだ、と思った。(恂)

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大暑かなつめたきものに猫の鼻       横井 定利

大暑かなつめたきものに猫の鼻       横井 定利 『季のことば』  今年の「大暑」は七月二十三日だった。東京は曇り、最高気温は33・1度。相当な暑さだったが、その後も猛暑、酷暑ばかりだから、気分としてはずっと大暑続きである。二十四節気の定めによる季語の「大暑」は一日限り。しかし一般的な用語としての大暑は酷暑と同義と言っていいだろう。  猫が親しげに鼻をすり寄せてきた。腕に触れた鼻は「おや」と思うほど冷ややかで、湿り気も感じられる。冬や春の頃は気にしなかったが、猫や犬の鼻はいつも湿っている。内側から何らかの液体が分泌していて、その気化熱で熱を冷まし、嗅覚を鈍らせないようにしているのではないだろうか――。  作者の発見の経緯をこんな風に考えたが、聞いてみたら違っていた。「いやぁ」と言って教えてくれたのが「猫の鼻は大暑三日の他は冷たい」という俗言である。彼の発見は「大暑でも冷たい」という点にあった。俗言は「猫の鼻と○○は」だそうだが、○○は、の方は聞き洩らした。(恂)

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敗戦忌風に三線鳴る夜かな   谷川 水馬

敗戦忌風に三線鳴る夜かな   谷川 水馬 『合評会から』(番町喜楽会) 光迷 オスプレイとかヘノコ沖埋立てとか騒然としている沖縄、そこへ流れ来る三線の音、雰囲気があっていい句ですね。 大虫 しんみりとした三線の音色と敗戦忌とがよく合っているなと・・。 百子 沖縄はいまや観光地。基地問題でも騒がれてるし、敗戦忌が近づくにつれ何かと話題になる。三線の音に、そうした沖縄のあれこれが、世代ごとにいろいろな受け取り方をされるんですね。。 春陽子 「風に三線鳴る」というのがいい。「もう戦争は止めようよ」と言ってるんです。 正裕 やはりこの場合の三線はもの悲しい音色。私もこれは反戦の歌だと・・。 厳水 三線で自作の歌を弾き語りするようですね、情景が浮かびます。 てる夫 沖縄戦終結は六月二十三日、沖縄には八月十五日なんて無いんですよ。でもまあ、三線はオキナワの悲しみの歴史を奏でるような音色ですから・・。        *     *     *  これは「沖縄忌」とした方が良いとの意見もあった。しかし沖縄も含め日本全体が正式に手を上げた日として「敗戦忌」でいいだろう。それもかなり風化してはいるが・・。(水)

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老犬の昼哭き夜哭き残暑かな   山口 斗詩子

老犬の昼哭き夜哭き残暑かな   山口 斗詩子 『この一句』  これほど困惑することはない。どこが痛いのか、どう苦しいのか、もとより伝える言葉を持たないから、ただ悲しそうに苦しそうに泣くばかり。飼主としてはせいぜい身体をさすってやることぐらいしか出来ない。しかし、いくら愛犬とは言え、一日中泣かれ通しでは、こちらが疲れて参ってしまう。  その昔、病にかかった老犬はいつの間にか姿を隠し、人目につかぬ所に死んだ。今はそうはいかぬ。必ず鎖につないで飼うように言われ、さもなくば一生を室内犬として過ごす。現代の犬は死に場所を選ぶことはできない。しかも、栄養バランスの良いペットフードを与えられ、予防注射などをしているから、長生きする。  今では20歳を越える長寿犬も珍しくない。人間で言えば優に百歳を超えている。こういう老犬は病気とは言っても大概は老衰で全ての臓器がおかしくなっているのだが、長年家族の一員として親しんできた間柄故、安楽死などとんでもないこと。残暑の中を飼主は一緒に苦しみながら、「いい子、いい子」と声をかけている。(水)

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托鉢の焼けた素足や秋暑し   高橋 楓子

托鉢の焼けた素足や秋暑し   高橋 楓子 『合評会から』(番町喜楽会) てる夫 いかにも暑苦しい感じが伝わってきます。秋になっても物凄い暑さだなあとうんざりした様子が出ています。 大虫 素足に草鞋(わらじ)、足の甲は日に灼けやすい。そこに焦点を当てたところがいいですね。 而雲 埃と混じって、いかにも汚らしい。毎日毎日歩いているんでしょう、日焼けと汚れで凄いことになっている。        *     *     *  作者によれば、つい先日、清水寺に行った道すがら見た行脚僧の様子だそうである。ちゃんとした恰好の坊さんだったが、足が真っ黒なのが異様に映ったという。確かに厳しい修行をしているんだなと思う一方で、暑苦しいなとも感じた。それを正直にそのまま詠んだのだが、「残暑」の気分をよく伝えることになった。(水)

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草原は日光キスゲ大入日   前島 厳水

草原は日光キスゲ大入日   前島 厳水 『季のことば』  ニッコウキスゲ(日光黄菅)は本州中部から北海道にかけての高原地帯の夏に咲くユリ科の植物。日光の霧降高原や尾瀬、霧ヶ峰の群落が有名で天然記念物になっている。6月中旬から7月一杯、所によっては8月半ばまで見られる。  草原、湿原にオレンジ色がかったユリのような花が一斉に開く様子は目を奪われる。句会では「日光キスゲと大入日で、絵のような景が浮かんできます」(正裕)という評があった。まさにその通り、蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」の名句に相通じるような、雄大な景色が浮かんで来る。  作者によると、これは霧ヶ峰だという。ここの湿原地帯は植物の宝庫で、ことにニッコウキスゲの群落は素晴らしい。諏訪に生まれ育った作者にとっては子どもの頃から見慣れた景色なのだ。真っ赤な太陽が稜線の向こうに沈む頃、一日花のニッコウキスゲは名残のオレンジ色の輝きを一層際立たせ、しぼんで行く。その脇には明日の朝開く莟が緑の茎の上に顔のぞかせている。こうしてニッコウキスゲは朝咲いて夕にしぼむことを繰り返しながら、高原の短い夏を彩り続ける。(水)

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父の字の細くなりたる残暑かな   星川 佳子

父の字の細くなりたる残暑かな   星川 佳子 『合評会から』(番町喜楽会) 而雲 珍しいところを詠んだものだと感心しました。年取ったり病気したりすると字が細く弱々しくなる。まして残暑ともなると、いよいよという、そんな感じ。まさにこの句は残暑そのものです。 光迷 残暑の厳しさが伝わってきますね。 大虫 むかし父親から来た鉛筆書きのハガキ、筆圧が弱くなっていて、一体どうしたんだろと思ったことを思い出しました。 百子 私も父を思い出しました。ともかくくちゃくちゃと小さな字で、弱っていることが歴然たる手紙でした。 正裕 老人は一夏越すのが大仕事、そういう感じがひしひしと・・・。        *     *     *  先日駅でぶつかられて転倒、肋骨を折り、その鎮痛剤の副作用などもあって胃痙攣を起こし七転八倒。ようやく歩けるようになって出た句会でこの句に出会った。字もひょろひょろ、声もか細くなり、残暑の厳しさを嫌というほど味合わされていたものだから、「実にうまいところを突いている」と唸った。(水)

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体重計ゆっくりと乗る大暑かな      鈴木好夫

体重計ゆっくりと乗る大暑かな      鈴木好夫 『季のことば』  中国伝来の季節区分・二十四節気が、千年以上の歳月を経て健在であるばかりか、日本人の生活に徐々に入り込んできているように見える。原因はテレビの天気予報にあるのではないだろうか。予報士の「今日は立秋ですが」などという言葉を聞くだけで、耳学問が積み重なっていくはずである。  今年の「大暑」は七月二十三日。その日の句会で「大暑」が兼題になった。タイミングがぴったり合ったわけだが、意地悪く言えば、どの句も「大暑」の前に出来ていた。俳句は、実際の「その日」より前に作られることがむしろ多く、このようなケースはごく普通のことと言っていい。  句の作者は仕事を終え、食事の前に風呂に入ろうとしたのだろう。暑い日であった。職業は医師だから一日中、診療所にいたのだが、患者さんはみな炎天下をやっている。あの人は辛そうだった、などと心配しながら体重計にゆっくりと乗ったのだ。医師にとって暑い日はすべて大暑の日なのである。(恂)

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鉄剣の錆ごつごつと青嵐         田中 頼子

鉄剣の錆ごつごつと青嵐         田中 頼子 『この一句』  錆びが全面に浮き上がったような古代の鉄剣と青嵐の取り合せである。句を見た瞬間、「アッ、いいな」と思ったのだが、しばらくして考えてみると、何がいいのか、どこが気に入ったのか、よく分からない。しかしこの句から受ける感覚は一向に変わらず、何かがひしひしと迫ってくるのだ。  「この秋は何で年寄る雲に鳥」(芭蕉)という句がある。英文学者・福原麟太郎は、この句について「何だか分からないが、心に残る句だ」と書いた。俳人・石原八束は「この句は下に(芭蕉)が付いていなければ、名句でも何でもない」と評した。私は麟太郎派だが、八束派も当然、いるだろう。  取り合せの句にはおおよそ具象と抽象が混在している。抽象性が深まれば深まるほど、受け手による感応の度合いに差が生まれてくるようだ。句会に出てくれば、ある人は激賞し、ある人は一顧だにしない、ということにもなる。人間の感覚は複雑怪奇。その結晶が俳句なのだろう。(恂)

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遠雷や自画像多き無言館         廣上 正市

遠雷や自画像多き無言館         廣上 正市 『合評会から』(日経俳句会) 弥生 無言館は確かに自画像が多い。この句、還ってこない人たちの思いと「遠雷」がつながっています。 冷峰 そう、戦没画学生が描いた絵ですね。南方で亡くなった彼らの無念の声が聞こえてくるようだ。 詠悟 あそこには一回行くと忘れられない絵が多い。戦時中はモデルがいないので自画像になったのか。 てる夫 画学生は必ず自画像を描く。戦没画学生だから自画像が多いという訳ではないが・・・。 反平 終戦日が間近です。遠雷を聞き、戦没学生に思いを馳せる作者の姿が見えるような句だ。 大虫 遙かに去った自画像の主と「遠雷」。パレスチナのガザとかイラクの紛争などにも結びついている。 明男 遠雷は「もっと生きたかった」という叫び声ですね。 正 重みのある情景と画学生の訴えが、遠雷となって心に響いてきます。              *            *              「無言館」(長野県上田市)の俳句への登場回数は、建物の第一位かも知れない。「画学生の自画像」もよく目にする。それでなお心に強く響くのは「遠雷」という語の力だろう。優れた句だと思う。(恂)

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