木の陰を渡って歩く大暑かな   澤井 二堂

木の陰を渡って歩く大暑かな   澤井 二堂 『この一句』  この気持よく解る。作者が顔の汗拭いながら、「さて、次の木蔭は」などと探している姿が浮かんで来る。「飛石伝い」という言葉があるが、これは「木蔭伝い」である。真夏の太陽が容赦なく照りつける街中は、アスファルト路面の照り返しもあるから少し歩いただけで頭がくらくらして来る。街路樹が落とすあるか無きかの陰さえ救いのタネで、そこを伝い歩くのだ。  俳句には「片蔭(かたかげ・片陰とも)」という夏の季語がある。炎天下の道路の片側に建物や塀などに沿って細長い日陰の部分ができる。それを片蔭と言い、歩行者は自然にそちらに寄って行く。「片陰を歩き片陰なくなれり 丘本風彦」という、二堂句の続きのような句もある。  木蔭の伝い歩きや片蔭歩きなど、実際は大した効果はないかも知れない。しかし、気は心というものである。そういう人情を素直に詠んで、共感を呼ぶ句になった。(水)

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