春うらら雷門に車夫群れて   篠田 義彦

春うらら雷門に車夫群れて   篠田 義彦 『この一句』  浅草界隈の人気が鰻上りだ。2012年5月に押上に東京スカイツリーができて、ここから向島、吾妻橋を渡り雷門、仲見世、浅草寺と経巡る観光ルートが出来上がった。雷門前には人力車が群がる。これが現れたのは平成になってかなりたってからのことだが、今やそれが浅草名物に成長した。  第二次大戦直後、浅草はいち早く立ち直った。戦災の瓦礫の跡にバラック建ての店が建ち並び、蕎麦、ラーメン、寿司、一膳飯屋、ちょっと高いが天麩羅、蒲焼、泥鰌鍋などなんでもあった。永井荷風、高見順などの文士が徘徊してはそのあたりのことを書くから、一般庶民がどっと押し寄せた。食い物だけではない、レビュー、ストリップ、落語、漫才、浪曲から軽演劇の小屋が熱気を醸し出していた。  ところが銀座、新宿、渋谷と次々にお洒落な街が復興するにつれ、JR(当時は国鉄)の駅がない悲しさで徐々に客足が遠退き、昭和40年代以降は死んだようになってしまった。それが平成の世とともにリバイバル。欧米人ばかりでなくアジア諸国からの観光客がどっと押し寄せ、人力車に乗ってはしゃいでいる。平成天国のうららかさを素直に詠んだ句である。(水)

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