朝まだき手水鉢にも花筏   星川 佳子

朝まだき手水鉢にも花筏   星川 佳子 『この一句』  この桜の花びらは一体どこから飛んで来るのだろう。見回しても花の木は無いのに、朝まだき、縁側に立つと手水鉢に一杯浮かんで花筏を作っている。一抱えに足りないほどの手水鉢の中だから、花筏と洒落て言ってはみたものの、可愛らしい小人の花筏だ。昇り始めた春のお日様が燦々と輝く。何とも言えない、満ち足りた、気持の良さだ。  「今どき手水鉢(ちょうずばち)のある庭付きの家に住んでいるんですかねえ」という評もあったが、自宅と限らなくてもいいだろう。旅の宿の朝かも知れないし、早朝散歩のお寺の境内でもいい。  俳句界には「大景」のみを良しとする、何とかの一つ覚えと言いたくなるような、勘違い人が目につく。そんな人には、こういう句をじっくり玩味することを勧めたい。別にどうということも無い、ただ見たままを述べたに過ぎない「小さな句」なのに、この一点景から読者は自由にいろいろな想念を広げて行ける。小さな手水鉢の中にだって大千世界が盛り込める。(水)

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