日を忘れ月をも忘れ春霞         野田 冷峰

日を忘れ月をも忘れ春霞         野田 冷峰 『この一句』  高齢期に至ると、まず人の名を忘れる。往年の名優だと不思議に忘れないが、テレビに出てくる若いタレントなどは、名を思い出そうにも初めから覚えられないのだ。これが知人へ及んでくると、笑ってはいられない。会合に出る際は、事前に出席者の名と顔を一致させる頭の作業が必要となる。  人の名の次には日にちと曜日を忘れがちになる。今日は火曜日かな、と新聞の日付を見て、「あれ、水曜日なのか。句会の日だった」と慌てて支度を始めるたりする。スケジュールの決まった俗事から、すっぱりと身を引いてみたらどうだろう。中国の仙人のような心境で、悠々と暮らせそうな気がする。  「あれ、三月なのに句会の兼題は“行く春”だ」といぶかる。ところがカレンダーは何と四月だ。窓の外を見れば景色がぼんやりと霞んでいた。「春霞だなぁ」。頭の中も春霞なのだが、却ってそれを楽しんでいるようなところもある。句の作者も私も、仙人になりかけているのかも知れない。(恂)

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