耕して温き大地と語りけり     大倉悌志郎

耕して温き大地と語りけり     大倉悌志郎 『季のことば』  歳時記は時代遅れ、と思わざるを得ない。「耕」とだけ書いて「たがやし」と読める人がどれだけいるだろうか。「耕馬」「耕牛」があって、「耕耘機」(耕運機)のない歳時記がかなりある。さほど古くない歳時記に「春の野良で鋤鍬をふるい、牛や馬に犂(すき)をひかせて…」という表現も残っていた。  「耕」を季語とした場合、かつては農耕の様子を遠くから眺め、その風景を詠むのが、句作りの常道であった。しかしそんな状況はめっきり減っているし、土地を耕す句では、家庭菜園や花壇が主役になっている。鍬やシャベルで土を耕す労働は、すでに一般人の手に移っているのではないだろうか。  「温き大地と語る」。いい表現だな、と思う。春に土を耕すとは、このようなことなのだろう。全力を尽くし、広大な農地を耕していくのであれば、土と親しむ以前に、土と格闘する意識が先行するのではないか。狭い土地を丁寧に耕すという、人間と土地の新しい関係が生まれてきたよう思われる。(恂)

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