冬の蝿終の棲家と決めしここ   直井 正

冬の蝿終の棲家と決めしここ   直井 正 『季のことば』  蝿は冬になるとほとんど死んでしまうが、時には長生きして翌春以降まで生き延びるのがいる。しかし、当然のことながら冬の間の動きは鈍い。時々狂ったように飛び回ることもあるが、大概は死んだように動かない。  台所か居間の天井の隅か、冬の蝿がとまったままじいっとしている。思い出したようにぶんと飛び立つが、ぐるぐる回ってまたそこに戻って来て鎮まる。なんとなく覚悟を決めたかのようにも見える。  その様子を見つめていると、思いは自分の来し方に横滑りして行く。若くして故郷を後に上京、上級学校に入り、卒業、就職。以後、転勤などもあって居所をあちこちに移した。そして双六の上がりのように、ここに落ち着いた。それからもう三十年たつ。今やまさに老後と言われる年代。もはや動くつもりはない。ここで残された人生を出来る限りゆったり過ごそうと心に決めている。  冬の蝿に託して心情を叙した、しみじみとする叙情句である。(水)

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