行列を希望で満たす除夜の鐘      宇佐美 論

行列を希望で満たす除夜の鐘      宇佐美 論 『この一句』  元旦の早朝、家の近くの氏神様に初詣に行くのを慣わしにしているが、たった一度だけ大晦日の午後十一時半ごろに出かけたことがあった。住宅街の中にある無名の神社だけに混雑していないだろうと、高を括っていた。ところが着いてみたら、参拝客が余りにも多いのでびっくりした。  鳥居の前の道路には人が行列を作っている。拝殿への数十段の石段には人が溢れんばかりである。やがて近くにあるいくつかの寺から除夜の鐘が鳴り出した。人々の間にざわめきが湧き上がり、大きくなっていくように感じられた。ざわめきは行列する人たちの「希望」であったのだ、とこの句を見て気づいた。  あの年は確か、二十一世紀に入る「ミレニアム」の年であった。「千年紀」という言葉が飛び交い、人々はけっこう大きな希望を抱いていた。あれから十数年、希望はいくらか小さくなっていても、大勢が集まれば行列を満たすほどになるようだ。われわれはすでに、希望の年を歩み始めている。(恂)

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