運不運ひらたくなれり日記買ふ   星川 佳子

運不運ひらたくなれり日記買ふ   星川 佳子 『合評会から』(日経俳句会) 智宥 年を取ると運不運といっても大したことないなと思うようになる。それを「ひらたくなれり」と詠んだのがうまい。 恂之介 運不運が均されるのを「ひらたく」と言ったのは納得できますね。 青水 永年人間を務めてきたところの慧眼と諦念が漂い、心地よい。平仮名書きの「ひらたくなれり」が巧妙。 研士郎 数多くの運不運を経験したからこそ感じられる達観した心境が「ひらたくなれり」にうまく集約されている。           *     *     *  歳になると運がいいとか悪いとか、毀誉褒貶がさほど気にならなくなる。とは言っても完ボケではないから、何か嬉しいことが舞い込めば大いに喜ぶし、褒められれば心地良く、貶されればしゅんと萎える。ただその波が穏やかになり、時に荒いのが襲って来ても身をこごめてやり過ごせるようになっている。その様子が「日記買ふ」とうまく合っている。だがしかし、この作者はまだお若い。周囲の年寄りに「なりすます」いたずらっぽさがうかがえる。(水)

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見回して日記買ふ娘の薔薇の頬   高橋ヲブラダ

見回して日記買ふ娘の薔薇の頬    高橋ヲブラダ 『季のことば』  歳末の季語「日記買ふ」は日経俳句会の12月兼題だったが、詠み難かったようだ。イメージが固定化しがちで、自由奔放に遊べない季語である。そのせいか似たような句が沢山出てきた。そうなると後は表現の巧拙だけで、「うまく詠んだな」というのが高点を獲得する。そんな中で、この句はあまり点は取らなかったが一風変わっていて目を引いた。心境詠が多い中で、これは日記売場の光景に目を付けた。  あんなに沢山積み上げて、全部売れるとはとても思えない。日付が印刷されているから売れ残ったらもう廃棄する他無いだろう。そんな余計な心配までしたくなるほど、さまざまに凝った日記帳が並んでいる。あれにしようか、これにしようかと、見回し、手に取り、とつおいつ考えている若い娘さん。それをちらちら見やっている作者の笑顔も見える。  「娘の薔薇の頬」というのがいい。まさにこれからという年頃なのだ。遠い遠い昔、私にだってそういう時代があったんだなあ、と思いながら、自分はごくごく普通の地味なのを買う。(水)

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その後は飲みて食らひて初詣   大下 綾子

 明けましておめでとうございます。今年も恂之介と水牛が皆様の名句を褒めそやしながら、勝手なコメントをくっつけて掲載して参ります。地味で無名のブログですが、なんと暮れの30日に累計訪問者が5万人を突破しました。皆様のご支援のおかげと篤く御礼申し上げます。今年もご愛読のほどよろしく。  さてさて午年の口開けは景気よい句で行きましょう。           *     *     * その後は飲みて食らひて初詣   大下 綾子 『この一句』  初詣にもいろいろある。まだ夜が明けきらぬうちに起き出して、初日の出を迎えながら鎭守さまや産土神(うぶすな)にお参りするのが最も初詣らしい感じがするが、明け切ってからお参りし、家に戻って朝食兼昼食の頃合いに雑煮を祝うという家庭もある。また近ごろは除夜詣りと一緒くたにして、神社や寺の境内で除夜の鐘を聞き、それっとばかりにお参りするのが初詣と心得る人も多い。しかし待てよ、もしかしたらこの句の初詣は初吟行を兼ねたものかも知れない。近ごろは七福神巡り吟行会が盛んになっているのだ。  どういうスタイルの初詣かを決め付けることもあるまい。とにかく、一年の初め、神社仏閣に参り拝礼すると、なんとなく気が引き締まる。日頃は不信心の極みのような手合いが、妙に神妙な顔である。  しかし、それも境内を出るまでのこと。後はもう「正月だ、思い切って行こうっ」なんて言っている。「それでいい、それでいい」。ウブスナガミも苦笑しながら見送っている。(水)

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