足萎えて黃落の中に佇めり   山口 斗詩子

足萎えて黃落の中に佇めり   山口 斗詩子 『季のことば』  「黃落」とは木の葉が色づいて散り、木の実が熟して落ちること、さらにはその季節の気分を言う晩秋の季語である。都会では街路樹の銀杏が黄金色に黄葉して降り注ぐさまが、「黃落」をイメージする代表的な情景であろう。欅並木は色合いが地味だが、冬間近という風情では一際優る。  この句は字義通り受け取れば、「足が萎えてしまって、落葉の降りしきるなかで立ち往生してしまった。まさに人生終幕の時だなあ」ということになろう。これはもう「黃落期」という、後期高齢者の悲哀をそのままつぶやいたような句ではないか。  しかし待てよ、と思う。作者はそれを良しとしているような感じではないか。足が萎えたのは年のせいだから仕方がない。それよりも、今日の「足萎え」は、この凄まじいばかりの銀杏落葉の真っただ中に踏み込んだが故なのだ。最後の華を咲かせるとはよくぞ言ったものだわねえと、むしろ面白がって佇んでいる。なんだか自分も妙に元気づいて来る。この句はそんな気持を詠んだようにも感じられる。(水)

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