病室にゐるはずのなき蚯蚓鳴く   吉野 光久

病室にゐるはずのなき蚯蚓鳴く   吉野 光久 『この一句』  温度や湿度が一定に保たれ、清潔そのものの病室に、蚯蚓やオケラのいるはずがない。サッシ窓がきっちりはまった鉄筋コンクリートの病棟の上階まで、虫の声が伝わって来ることなど考えられない。糞真面目な人がこの句を見たら「何をばかなことを言っているのだ」と言うかも知れない。しかし、この句を何度か読んで、目をつぶって、自分が病室に仰臥している姿を思い浮かべると、よく解ってくる。  じっとしていれば物思う。五官(感)は研ぎ澄まされる。普段は気にも止めなかった音が聞こえる。いるはずのない蚯蚓の声だって聞こえてくるのである。それはもう、蚯蚓の声だろうがオケラの声だろうが問題ではない。  作者には「長き夜の厚さ増しゆくカルテかな」という句もあるように、病に耐える日々が長く続いている。傍から形ばかりの慰めなど言うのが憚られる雰囲気なのだが、本人は極めて冷静沈着、病と「闘う」のではなしに「うまく付き合ってゆこう」と大悟徹底している。だからこそこういう透徹の句が生まれて来るのであろう。(水)

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