どうですか満腹ですと返す秋     山田 明美

どうですか満腹ですと返す秋     山田 明美 『合評会から』(日経俳句会) 反平 どうということはないのですが、愉快で新鮮な句だと思いました。 ヲブラダ(俳号) 何か変な句だなあと思いました(爆笑)。しかし秋ですから食欲とかいろいろなことが重なっての返事なんでしょう。すっきり感というかアッケラカンという感じがいいですね。 冷峰 話し言葉だけですっきりまとめています。これはやはり秋だから成立した句ですよ。 佳子 豊饒の秋ですからね。でも、美味しいものをたくさん食べたとは限らない。秋を満喫したという意味かもしれません。             *             *  食欲の秋だからなぁ、と笑って見過ごしてしまった。しかし「秋を満喫したという意味かも」というコメントを聞いて、そうか、と思った。例えば日光・中禅寺湖や宮城・鳴子峡の息を飲むような紅葉の絶景を見たとしよう。案内の人「どうですか」。案内された人「満腹です」――。合評会の一言で、句の面白みが一段と増した。(恂)

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新田の地名多しや芋嵐           岡本 祟

新田の地名多しや芋嵐           岡本 祟 『季のことば』  秋の季語「芋嵐」が動いている、という感じがする。一九八〇年代出版の厚い歳時記では、黍嵐(きびあらし)の傍題として、実に小さな字で書かれていた。ところが例句の数では黍嵐を圧倒しており主客転倒の勢いが見える。やがて堂々たる季語になり、黍嵐を傍題として従えるようになる。  上掲の句は「芋」を兼題とする句会に出された。「芋」は植物、「芋嵐」は天文に属するのでは? ところがある歳時記には、芋の傍題の中に「芋嵐」があった。季語として人気は高まっているが、居場所はまだ定まっていないのか。芋嵐という焼酎もあるそうで、一般用語化していきそうな雰囲気もある。  新田(しんでん)は新たに開墾された田畑のこと。水田になるはずが、いまは減反政策などで里芋畑になっているのかも知れない。風が吹き荒れ、スペード型の大きな葉が大騒ぎをしている。戦国時代、江戸時代を通じて開発された耕地も、いまは半ば住宅地と化しているのではないだろうか。(恂)

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月明り影細やかに山野草          宇佐美 論

月明り影細やかに山野草          宇佐美 論 『この一句』  句会で点の入りにくい句、というのがあるようだ。例えば風景を大きく捉えた句は壮大で目立ちやすいが、この句のように細やかな描写の場合は案外、見落とされがちである。私も「いいな」と思いながら、落してしまった。後に見直して、選ぶべきだったか、と反省している。  月光によって自分や木の影が道に伸びている、というような句は見かけるが、草の影を詠んだのは珍しいのではないだろうか。それも山野草である。名の知れぬ、「雑草」と一括りされるような一群かも知れない。そんな草の影が地面に写るのだから、風はない。上空に月が煌々と輝いているのだろう。  柔道の経験者が集まって出来た「三四郎句会」という句会に出された一句である。無骨な男性ばかりという珍しい会ではあるが、このような繊細な句も飛び出してくるのが面白い。人は見かけによらぬ? いや、ゴツイ風貌の人ほどセンチメンタルな精神を持っている、という傾向も見えるのだ。(恂)

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名月や老いの寝入りを妨げし        印南 進

名月や老いの寝入りを妨げし        印南 進 崇 「寝入り」という言葉は使えそうで、なかなか使えない。月があんまり奇麗なので、寝ないで眺めている、という状態を「(月が)妨げし」と詠んだのも上手い。 論 めったにないような月なのですね。寝るのが惜しいというのは、名月だから寝てしまってはもったいない、ということでしょうか。 信 煌々とさす月に、何かを思い出して眠られないのかも知れない。 進(作者) 今年の名月は特に綺麗だった。寝ようと思って雨戸を閉めようとしたが、素晴らしい月なので、しばらくそのまま眺めていました。               *           *  就寝を遅らせたのを、美しい月のせいにしたところが面白い。ただ「名月や」がどうか。切れ字にうるさい人に「“や”で切れるから、寝入りを妨げたのは月でなくなる」と注意されるかも知れない。「月今宵」「今日の月」(どちらも名月と同じ)などとすれば、問題はなくなるだろう。(恂)

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秩父野の巡礼憩ふ草紅葉   藤野 十三妹

秩父野の巡礼憩ふ草紅葉   藤野 十三妹 「この一句」  巡礼というと四国八十八箇所を回る遍路が代表的だが、秩父三十三所観音霊場巡りも江戸時代から盛んに行われてきた。東京から近いこともあって、近ごろは若い人たちのハイキングがてらや、バスで早回りというのも盛んなようである。  これはどうやら昔ながらの信仰心厚い本格的な巡礼のようである。「草紅葉」という季語と相俟って、いかにも秩父という土地の静かな秋の雰囲気を醸し出している。しみじみとした感じが伝わって来る句である。  ただ「秩父野」という、恐らくこの作者の造語なのだろが、これが少々ひっかかる。それぞれの地名が持つイメージの問題なのだが、秩父と聞けば誰しも深い山と谷と、激しい流れの川を思い描く。野原ももちろんあるけれど「秩父野」と言われると、知らない人は広大な野原を想像してしまう。やや型にはまった感じになるかも知れないが、ここは「秩父路や巡礼憩ふ草紅葉」と静かに素直に納めておくのがいいかなと思う。(水)

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満月や最終電車の窓あかり   石黒 賢一

満月や最終電車の窓あかり   石黒 賢一 『合評会から』(三四郎句会) 有弘 映画のシーンを思い浮かべました。終電が行く、その上に満月。侘びしさがあります。 久敬 私は、都会の満月を思い浮かべがちなのですが、これは郊外を行く最終電車との組み合わせ。切り口がいい。 義彦 終電を引いたところから見ている。電車の明りが遠くを行く。その上に満月が大きくある。いい風景ですよ。 賢一(作者) 国立とか立川とか、あの辺は平らで、最終電車が行くなぁ、なんて遠くから眺めていることがありましてね。           *   *   *  皆さん交々語っているように、庶民の哀感漂う佳句である。終電の乗客は酔っぱらいと、遅くまで残業した平社員。結構混んでいて、仕事疲れと飲み疲れが入り交じり、車内にはどろんとした空気が漂う。その終電を遠くから眺めている作者。こんな遅くまで起きているのは、夜なべか物思いか。「月天心貧しき町を通りけり 蕪村」に一脈通ずるところがあるなあ。(水)

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生温さ消え蛇口より秋の水   直井 正

生温さ消え蛇口より秋の水   直井  正 『季のことば』  「秋の水」という季語には清冽な感じがある。研ぎ澄まされた名刀を喩えるのに「三尺の秋水」という言葉もある。  だから、この季語を用いて作句する人も、その句を読む人も、「秋の水」と言えば、谷川だとか山の湖だとか、湧水、懸樋の水、汲み上げたばかりの井戸水などを思い浮かべる。ところがこの句の「秋の水」は、なんと水道水である。これにまず驚いた。  しかし、水道水だって当然季節による変化は生じる。真冬の朝、蛇口をひねった途端の水の冷たいこと。真夏になると今度は気持悪い日向水のようなのが出て来る。こういうことは日常誰しも経験しているのだが、句材として取り上げることをしない、というより、そこまで気が回らない。それを作者はしっかり捕まえたのである。  蛇口から流れ出て来た水の感じが明らかに違っている。生ぬるさが失せて、いかにも水、という感じなのだ。やはり秋だなあと思ったというのである。市井の日常のちょっとしたことに秋の気配を感じ取る、この感性が素晴らしい。 (水)

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いい笑顔そう決めた日の秋の空   池村 実千代

いい笑顔そう決めた日の秋の空   池村 実千代 『季のことば』  人間誰にだって悲しいこともあれば、不安を感じることもある。猛烈な怒りに駆られることもあるだろう。だけど、それに囚われて思い詰めると、どんどん悪い方向に進んで行ってしまいがちだ。問題が起こったら解決策を探るため真剣に考え込む必要はあるだろうが、いつまでもくよくよ一人で考えていてもラチが開かない。気持を切り替えることで、ふっと道が拓けることもある。  「いい笑顔そう決めた日」というやり方があるなんて、知らなかった。いいことを教えてもらったと思う。善は急げと、薄暗い書斎から庭に出てお天道様を仰いだ。両手を空に突き上げた途端、先日打った右脇の肋骨に痛みが走ったが、気分爽快になった。  教訓めいた句はその臭が鼻についてどうにもならない。ところがこの句にはそんな臭味が全く無い。その秘密は、自分の思いと行動をすらりと詠んだこと、そして、「秋の空」という大きな季語の力にあるようだ。(水)

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水切りや水面の月を真っ二つ   渡辺 信

水切りや水面の月を真っ二つ   渡辺 信 『合評会から』(三四郎句会) 尚弘 水切りって、石を投げるアレでしょう。昼間やるものだけれど、月が明るいから、水を切って飛んで行く石が見えるのですね。映像的な句です。 祟 ある心理学者の説ですが、水切りは気分がいい時、満足な時にやることが多いらしい。学校に合格したとか、故郷に帰った時とか。そんな気分がこの句にも感じられます。 論 情景だけでなく、音まで聞こえてきそうだ。真っ二つが見事。 恂之介 実際に月を真っ二つにしたかどうかは別にして、水しぶきまでが光って見えてきます。           *   *   *  湖か海岸か。どちらでもよさそうだが、静かな夜の山の湖の方が、あたりに動くものが全く無くて、水切り石が際立つようだ。あの月を的にして、いざ、という場面。見事、湖面を切って走る石が満月を真っ二つに切り裂いた。ベンチ代わりの大きな流木に腰を下ろす佳人が、現代版那須与一をうっとりと見上げる──そこまで読むのは下司の勘繰りか。(水)

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満月を湖面に揺らす小舟かな   深瀬 久敬

満月を湖面に揺らす小舟かな   深瀬 久敬 『合評会から』(三四郎句会) 論 風景描写が印象的だ。湖面が揺れ、満月が揺れ動く様子が伝わってくる。 義彦 舟が揺れて、湖面が揺れて――。一幅の絵だね。 尚弘 夜の静かな湖。湖面がゆらゆら、月もゆらゆら。本当に絵画的です。 照芳 普通なら、湖面が揺れる、月も揺れる、ですが、揺らすとしたところが面白い。 崇 月の句はきれいだ、まん丸だ、などと詠みがちだが、この句は月を揺らす、動かすという視点に立っている。ユニークな句だと思う。 信 小舟が揺れて、まん丸なお月さんも揺れて、もったいない。 恂之介 「満月の湖面を揺らす」が素直かな。湖面が揺れれば、月も揺れることが分かるでしょう。           *   *   *  上天の満月は文句無く美しい。しかし、湖面に現れた満月もそれに勝るとも劣らぬ美しさだ。空と湖面と一対の満月。無粋な小舟よ、湖面の満月を揺らしてくれるな──平安歌人の詠むような情景を大らかに歌い上げた。(水)

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