月明り昼のままなる鰯雲   水口 弥生

月明り昼のままなる鰯雲   水口 弥生 『季のことば』  鰯雲は鱗雲、鯖雲とも呼ばれ、秋空の看板のような雲である。気象学では巻積雲と言い、地上6千㍍から1万2千㍍くらいの高空に現れる。抜けるような青空を背景に、無数の鰯が群れ遊ぶ様子は実に美しい。  やがて夕方となり、鰯雲も真っ赤な夕焼けに照り映える。そして夜。月明かりの夜空にまだ鰯雲が浮かんでいるではないか。昼間と同じ南西の空に、昼間と同じような形で張り付いている。背景の青空が黒く変わり、月明に白く浮き上がっているように見える。雲はかなりの早さで動いて行くのが普通なのに、鰯雲だけはどうしてこんなに長い時間そのままなのだろう。天然自然の玄妙不可思議に浸りつつ、夜空の鰯雲に見入っている。  「夜になっても昼のままの鰯雲。不思議だなあ」と、口をついて出た疑問をそのまま575にしただけのような句だが、そこから始まって想念がどんどん広がって行く。「夜の鰯雲」という珍しい情景。本当は珍しくもなんともない、誰もが見ているはずなのに気がつかない。ましてや俳句に詠み止めようなどという人は極めて少ない。(水)

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