終戦日蔵の奥なる戦時品   宇佐見 諭

終戦日蔵の奥なる戦時品   宇佐見 諭 『この一句』  七月下旬の土用から八月十五日の敗戦日前後までは、「虫干し」の時期でもある。蔵書や書画骨董、什器、蒲団等々を風通しし、日光消毒する。地方へ行くと、ごく普通の家でも納屋や物置から「おやこんなものが」というような物が出てきたりする。この句の「戦時品」もそれだ。  戦時品という言葉は辞書に載っていないようだが、第二次大戦中各家庭に普及した品物であろうことは分かる。昭和十八年に横浜で国民学校に入学した筆者は、さてどんな戦時品があったかなと記憶をたどる。  真っ先に浮かんだのが、電灯にかぶせる黒い厚紙でできた蛇腹型の笠。ラジオが「警戒警報発令」と叫ぶと、蛇腹を下げる。光は小さな食卓の上を照らすだけになる。これで敵機に住宅の在処を悟らせないようにするというのだが、なーにB29の編隊は閃光照明弾を空中で爆破、町中を真昼の明るさにしてしまうのであった。  防空頭巾、鉄兜、ゲートル、飯ごう、三角巾、国民服にモンペ・・。カーキ色の布とボール紙でできた防毒マスクもあった。鬼畜米英の毒ガス攻撃に備えるためである。もちろん一度も使われることはなく、家もろとも焼けてしまった。(水)

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