糸とんぼ水面の雲に尾を叩き          岡本 崇

糸とんぼ水面の雲に尾を叩き          岡本 崇 『この一句』  体長三センチほど、胴は「糸」と呼べるほどに細い。そんな小さな糸とんぼが尾の先を水面に打ちつけながら、懸命に産卵している。池か沼か、湖かも知れないが、いずれにせよ静かな水面であり、肉眼で見えるのだから、すぐ近くなのだ。そこで昆虫の小さな命の営みが進行中である。  子供の頃からよく見ていたから、情景はすぐに思い浮かぶ。池の上に伸びた草の葉先から糸蜻蛉がふわと飛び出し、ホバリングしながら、水面に尾をちょんちょんと打ちつける。「雲に尾を叩き」でちょっと思考がストップした。そのような場面で、水面の雲を見た覚えがなかったからだ。  しかし水面に雲が映るのはごく普通のこと。糸とんぼの尾が作る水輪はささやかなものだから、雲全体が消えることはない。子供の頃はおそらく、糸とんぼの動きばかりに目を凝らし、水面の雲に気がつかなかったのだろう。子供の目、大人の目……俳人の目。みんな違って、みんないい。(恂)

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