信濃川町を分ちて秋の雲   岩沢 克恵

信濃川町を分ちて秋の雲   岩沢 克恵 『この一句』  信濃川は全長367㎞、日本最長の大河である。甲斐(山梨)・武蔵(埼玉)・信濃(長野)の境にそびえる甲武信岳(2475㍍)の長野県側斜面を源流とする千曲川が佐久平、上田平を北流、善光寺平(長野市)の川中島で中部山岳地帯を源流とする犀川と合流、新潟県に入って信濃川と呼び名を変え、十日町、長岡、燕三条などを通って新潟市で日本海に注ぐ。  この句は信濃川だから新潟県のどこかの町を詠んだものであろう。ただし、長野県境を越えたばかりの山間の町ではなく、かなり大きな町をゆったり流れる信濃川の姿を詠んだのではないか。もしかしたら新潟市の萬代橋あたりの景色かもしれない。新潟市はこの信濃川と阿賀野川というもう一つの大河を併せ持つ水の都である。  大河が北陸一の町を二つに割って悠々と流れている。真っ青に晴れ上がった秋空には大きな鰯雲が広がっている。「景の大きな句を詠もう」などと大向受けをねらう邪気は毛頭無く、「町を分ちて」と眼前の光景を素直に詠んだところが実に心地良い。気持がどんどんふくらんで来るような句である。(水)

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あらはれてまた陰に入る盆踊   徳永 正裕

あらはれてまた陰に入る盆踊    徳永 正裕 『合評会から』(番町喜楽会) 冷峰 古典的な盆踊風景ですねえ。櫓の回りを取り巻いて踊る。こちら側に出て来ると姿が見えて、そのうちに櫓の陰に入ってしまう・・。子どもの頃、盆踊で東京音頭なんか踊った。その風景が甦ってきました。 白山 うまい。こういう句、たくさんあるように見えて、そうそうは無い。そういう感じの句です。           *   *   *  大昔から数々詠まれて来た類型的な句のような感じがするのだが、さてどんな句がと言われても思い出せない。「あらはれてまた陰に入る」という昔風のおっとりした詠み方が一見類句ありと思わせるのかも知れない。郷愁を誘う風景で、誰の心にも浮かぶシーンだからそういう感じを抱くのだとも言える。  蕪村に「四五人に月落ちかかるをどりかな」の名句がある。蕪村の友だちの炭太祇に「かの後家のうしろに踊る狐哉」がある。弟子の黒柳召波に「うかと出て家路に遠き踊りかな」がある。これら天明期の盆踊の名句に通う、素晴らしい味のある句ではないか。(水)

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百日紅古希の女の色気かな   高井 百子

百日紅古希の女の色気かな   高井 百子 『季のことば』  サルスベリは七月半ばから十月半ばまで百日も咲き続けるタフな花木なので「百日紅」と名付けられた。日本へは室町時代に中国から持ち込まれ、花の少ない盛夏の庭を彩ってくれることと、野放図に大きくならないことから庭園樹として好まれ、すっかり定着した。濃いピンクが普通だが、紫と白もある。  この句は大胆な詠みっぷりで実に面白い。颯爽たる七十歳のオバアチャン。小粋な洋服を着て、念入りに化粧して、髪もちょっとバイオレットに染めたりしている。お肌などサルもすべるほどのすべすべだ。これからデートにお出かけ、まさに真夏の青空をバックに咲き誇る百日紅そのものである。  控えめに慎ましくというのが日本女性の徳性とされて来たのだが、実は大昔からこういう愛らしいオバチャン、オバアチャンはかなりいたようである。加賀千代女なぞは「散れば咲き散れば咲きして百日紅」と、「負けてなるものか」という心意気を見せている。もっとも蕪村は、そういうひとをからかってか、「百日紅ややちりがての小町寺」と詠んだ。(水)

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終の地と定めし庭の桔梗かな   谷川 水馬

終の地と定めし庭の桔梗かな   谷川 水馬 『合評会から』(番町喜楽会) 啓一 桔梗には特有の感じがあって、終の地と定めた庭に咲く花にふさわしい。これがコスモスなんかだとどうしようもないですが。 春陽子 人生と重ね合わせた、素晴らしい句です。 正裕 そうですね、深い感じがします。 佳子 桔梗の雰囲気と終の地というイメージがよく合っています。 白山 桔梗と取り合わせたのが良かったんですね。カチッと決まった感じがします。           *   *   *  鹿児島生まれの作者は和歌山生まれの奥さんと相思相愛、結婚したのだが、東京で仕事を持つ身だし、「お互いにもう故郷に住むことは出来ないねえ、どこを終の住み処にしようか」と相談した結果、横浜郊外に決めたという。もうそれも十数年前、植えた桔梗もすっかり根付いて毎年花咲かせる。凛とした桔梗のたたずまいが背筋正しき作者を思わせる。(水)

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終戦日蔵の奥なる戦時品   宇佐見 諭

終戦日蔵の奥なる戦時品   宇佐見 諭 『この一句』  七月下旬の土用から八月十五日の敗戦日前後までは、「虫干し」の時期でもある。蔵書や書画骨董、什器、蒲団等々を風通しし、日光消毒する。地方へ行くと、ごく普通の家でも納屋や物置から「おやこんなものが」というような物が出てきたりする。この句の「戦時品」もそれだ。  戦時品という言葉は辞書に載っていないようだが、第二次大戦中各家庭に普及した品物であろうことは分かる。昭和十八年に横浜で国民学校に入学した筆者は、さてどんな戦時品があったかなと記憶をたどる。  真っ先に浮かんだのが、電灯にかぶせる黒い厚紙でできた蛇腹型の笠。ラジオが「警戒警報発令」と叫ぶと、蛇腹を下げる。光は小さな食卓の上を照らすだけになる。これで敵機に住宅の在処を悟らせないようにするというのだが、なーにB29の編隊は閃光照明弾を空中で爆破、町中を真昼の明るさにしてしまうのであった。  防空頭巾、鉄兜、ゲートル、飯ごう、三角巾、国民服にモンペ・・。カーキ色の布とボール紙でできた防毒マスクもあった。鬼畜米英の毒ガス攻撃に備えるためである。もちろん一度も使われることはなく、家もろとも焼けてしまった。(水)

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終戦日百年もつか不戦の碑   篠田 義彦

終戦日百年もつか不戦の碑   篠田 義彦 『この一句』  総理大臣をはじめ政治家や霞ヶ関のエリート官僚、大企業のトップなど、日本を動かしている人たちのほとんどが戦後生まれになってしまった。「二度と戦争は起こしません」とは誰が誓ったのか、などと言い出す人が現れてもおかしくない年月がたってしまった。  筆者のパソコンのワープロソフトは日本で最も売れていると言われているものだが、shuusennbiと入力して変換すると「週船尾」と出て来る。「違う」とバーを叩いて次を促すと、秋、集などと最初の一文字だけ変えた候補が次々に出て来る。全く意味を成さない単語ばかり。つまりこのワープロソフトは「終戦日」という言葉を知らないのだ。つくづく「今の日本」を教えられた。  この句の「不戦の碑」は、第二次大戦中の苛酷な経験から、戦争だけは二度とやってはいけないと肝に銘じた末に生まれたものであろう。しかしそれもあと何年もつのだろうか、と作者は呟いている。毎年八月になると戦中戦後の辛い思い出が走馬燈のように浮かび上がって来る。それと眼前の風景とのあまりの落差に愕然としてしまうのだ。(水)

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子等はみな異国にありて秋の雲         井上 啓一

子等はみな異国にありて秋の雲         井上 啓一 『合評会から』(番町喜楽会) てる夫 我が身に重なる部分がありましてね。この句のセンチメントがよく分かります。 佳子 空を見上げて外国に住んでいる子供たちのことを考えているのですね。 恂之介 子供だけではなく孫もいるのでしょう。よくあるパターンの句と言えますが、異国と秋の雲がぴったりで、しみじみとした感興をもらいました。 水牛 そう、秋の雲がよく似合う句ですね。親の心情がほどよく吐露されている。           *           *  作者はILO(国際労働機関)などの要職を歴任した元・国際公務員。三人のお子さんはみな父の赴任地でもあったジュネーブ(スイス)に住み、それぞれ家庭を持っている。作者夫妻もジュネーブ住まいを検討していたが最近、日本に住み続けることを決めたという。子供や孫たちのことを遥かに想いながらの日々が、これからも続くことになる。(恂)

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糸とんぼ水面の雲に尾を叩き          岡本 崇

糸とんぼ水面の雲に尾を叩き          岡本 崇 『この一句』  体長三センチほど、胴は「糸」と呼べるほどに細い。そんな小さな糸とんぼが尾の先を水面に打ちつけながら、懸命に産卵している。池か沼か、湖かも知れないが、いずれにせよ静かな水面であり、肉眼で見えるのだから、すぐ近くなのだ。そこで昆虫の小さな命の営みが進行中である。  子供の頃からよく見ていたから、情景はすぐに思い浮かぶ。池の上に伸びた草の葉先から糸蜻蛉がふわと飛び出し、ホバリングしながら、水面に尾をちょんちょんと打ちつける。「雲に尾を叩き」でちょっと思考がストップした。そのような場面で、水面の雲を見た覚えがなかったからだ。  しかし水面に雲が映るのはごく普通のこと。糸とんぼの尾が作る水輪はささやかなものだから、雲全体が消えることはない。子供の頃はおそらく、糸とんぼの動きばかりに目を凝らし、水面の雲に気がつかなかったのだろう。子供の目、大人の目……俳人の目。みんな違って、みんないい。(恂)

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敗戦日餌をついばむ鳩しずか          田村 豊生

敗戦日餌をついばむ鳩しずか          田村 豊生 『合評会から』(三四郎句会) 賢一 敗戦日は毎年、回ってきますが、鳩は今年も同じように餌をついばんでいる。この静かさがいい。 恂之介 敗戦日、終戦日の句は悲惨さや辛さなどの思い出を、訴えるように詠むことが多いけれど、この句は逆ですね。日常の風景を詠んで、なるほど敗戦日とはこういうものだ、と思わせる。 有弘 句の雰囲気から、「敗戦日」より「終戦日」の方が合うかな、と思いましたが。 豊生(作者) 私は「敗戦」にこだわっていて、「終戦」は使いたくない。負けたことをしっかりと受け止めていきたいのですよ。 崇 (今句会の投句の)全句を調べてみたら、「終戦」が十一句、「敗戦」十句だった。作り方は年代で違うし、採り方にも世代的な傾向があるような気がする。この「終わったのか」「負けたのか」で、けんか腰になる人もいるくらいですからね。            *           *  俳句愛好者の多くは「戦争を知る最後の世代」である。敗戦を語り継ぐべき世代、とも言えるだろう。(恂)

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電線の影をも探す酷暑かな           渡辺 信

電線の影をも探す酷暑かな           渡辺 信 『季のことば』  「暦の上では」を付けても、「いまは秋」とは言いたくない。夏の間よりも、立秋の後の方がずっと暑いのだ。俳句をたしなむ身であっても、「まだ夏なのだ」と、本気で開き直りたい気がする。子供の頃のように夏休みの間は、つまり八月中は、夏とみなした方が実感に合うことは間違いない。  この句は八月後半になってからの句会に出されたが、「分かるなぁ、この気持ち」「本当に句の通りだよ」といった同感の声が相次いだ。実は私(筆者)も炎天下で影を探している一人だ。ただし電線の影ではあまりにも頼りなく、せめて電話線ならば、と情けないことを考えながら歩いている。  ところで「酷暑日」の他に「猛暑日」という呼び方がある。ともに最高気温35度以上の日を言うのだが、猛暑は気象庁が、酷暑は主に新聞などが用いているという。気象庁の用語であるなら、そちらの方が公式用語なのかも知れない。しかしどちらが暑そうか、と言えばもちろん「酷暑」の方である。(恂)

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