生き延びた少年たちの終戦日   今泉恂之介

生き延びた少年たちの終戦日   今泉恂之介 『この一句』  あれからもう68年もたったのだなと思う。そう言えば、一昨年も昨年も8月になると「ああ、あれからもう」と感慨にふけっていた。若者からすれば、「年寄りはもう・・」ということになるに違いない。とにかく「生き延びた少年」たちは今や後期高齢者として括られている。  わずか8歳だった少年(脚にゲートルを巻き「少国民」などと呼ばれ、今の8歳よりずっとませていた)の耳の奥に、みんみんじいじい鳴く蝉の声に混じって、か細い甲高い現人神の「耐え難きを耐え・・」の玉音放送が染みついた。眼の奥底には放送を聞いた直後の大人達の夢遊病者のような足取りと、そのわずか数週間後に出かけたヤミ市で同じ大人達が目を怒らせ怒号荒々しく物を奪い合っている姿が焼き付けられた。  何も知らされずやみくもに突進させられた兵隊や市民は訳が分からないまま死んでいった。日本国民150万人もが殺された戦争である。未来永劫忘れてはいけない事である。  近頃の句会では「もう戦中戦後の思い出俳句はいいんじゃないの」という声が出て来るが、私は「詠み続けるべきだ」と思っている。それが「生き延びた少年」の後世に伝えるべき最も重要な事であると信じている。(水)

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