ビル風の澱める午後の暑さかな      流合研士郎

ビル風の澱める午後の暑さかな      流合研士郎  東京の丸の内、大手町あたりに勤務するビジネスマン(もちろんウーマンも)から同感の声が聞こえてきそうな句である。梅雨明けから盛夏にかけての猛暑の中、ビジネス街ではビル風でさえ有難い涼風となる。その風がぴたりと途絶え、あたりに澱んでいるような気がする、というのだ。  会社を辞めて十年余りになるが、ビジネス街の道路の暑苦しさはいまだ記憶に新しい。日はほぼ真上にあって、影は少ない。やむを得ず、日差しを受けながら目的のビルや地下鉄の入口まで、忍の一字で歩くことになる。一番辛いのは何時ごろか。誰に聞いても「午後二時から三時あたり」になるだろう。  ビル風は当然ながら道路に沿って吹き渡る。ところが街は整然と区画されているとは限らず、大きなビルが風の道に立ちふさがっていたりする。そういう場合、風は行き場を失ってうず巻いたり、吹きあがったりするという。やがて風はどこかに澱み、耐えられぬほど暑さを、あたりに生みだすのである。(恂)

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