水飲めでメールを締める暑さかな   杉山 智宥

水飲めでメールを締める暑さかな   杉山 智宥 『この一句』  智宥さんは現代風俗を詠むに実に巧みである。巧み過ぎて、しばしばやり過ぎになる弊が無いこともない。しかし、失敗を意に介せず、新しい風俗や事柄を積極的に句にしようとする姿勢は素晴らしい。  流行を句にすることは俳句が俳諧と呼ばれていた時代にはごく普通であった。乙に澄ましてきれいだが極めてありきたりな和歌や連歌に足払いを掛けて大向の喝采を博す。その道具として、和歌が無視する日常生活的なものや流行事象を積極的に取り上げた。やり過ぎると悪趣味に陥り、あるいは軽佻浮薄に堕す。そしてついには「こう来たらこう詠む」というパターン化が起こり失速した。  正岡子規はこれを徹底的に排斥して「俳句」に仕立て直した。後人これに習い、俳句はすこぶる真面目な文学に育ったが、近頃は少々お行儀が良くなりすぎて、力に欠ける作品が量産されている。智宥氏はそれに背負い投げを食わせようとしているようだ。この句などは、熱中症頻発の今年の猛暑を、今や老人までが勤しむ「メール」に託して鮮やかに詠んでいる。(水)

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