萩揺らし川岸急ぐ宅急便   岡田 臣弘

萩揺らし川岸急ぐ宅急便   岡田 臣弘 『この一句』  萩の咲く頃ともなると、さしも猛威を振るったお日様も陽射しを少し弱めて、時折涼しい風も吹く。町行く人々もほっと一息ついて生気を取り戻す。今日はちょっと時間があるから少し歩いて、あの美味い蕎麦屋に行ってみよう。きっと新蕎麦が出ているだろう、そんな気分にもなる。  川岸の道をぶらぶら歩いていたら、後ろから息せき切って駆けてきて、追い抜いて行ったのがいる。クロネコの兄さんだった。涼しくなったというのに、汗をだらだら掻いている。すぐ横に萩の花が今を盛りと咲いているのだが、そんなものは全く目に入らない。思えばあの兄さんはいつも汗掻いて息を切らしている。ノルマなのか、大量の荷物を積んだ車を停めては荷を横抱きに走り、戻って来るや車を50メートルほど動かし、また荷物を抱えて走る。懸命に働く姿にはつくづく感心するのだが、見ているうちに何だか暑さが戻って来た。  日常の一点景をうまく詠み止めた佳句である。萩と宅急便の取り合わせが意表をつき、新鮮である。(水)

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秩父越え一揆の里に萩こぼれ   野田 冷峰

秩父越え一揆の里に萩こぼれ   野田 冷峰 『この一句』  これは明治十七年(一八八四年)十月に現在の埼玉県秩父市で起こった秩父困民党の一揆事件に思いを馳せながら詠んだ句であろう。  仏リヨン生糸取引所の大暴落に端を発した国際的な生糸取引の減少、それによる日本産生糸の輸出激減で、養蚕が主体の秩父の農家は大打撃を受けた。折柄、明治政府は西南戦争以来膨張した財政赤字を立て直そうと、松方大蔵卿がデフレ政策を採り、これによって農産物価格が下落、農民はますます困窮、自由党の鼓吹する自由民権思想に乗ってついに一斉蜂起、役所や金貸などを襲う大事件になった。政府は軍隊を出動、わずか四日で蜂起軍を壊滅し、首謀者は斬首という苛酷な対応で民意を磨り潰してしまった。困民党事件に思い入れの深い作者だけに、この句はツボにはまった感じである。  今日の秩父は萩をはじめ秋の七草が咲き競う、まことにのんびりした観光地。その穏やかな風景の上に、敗残の一揆勢がばらばらと落ちて行くセピア色の景色が浮き上がる。含蓄に富む句だが、「秩父越え一揆の里のこぼれ萩」とした方がいいような気がする。口調が整いすっきりとするし、句に余韻が生じる。(水)

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祖母二人ひらがな二文字はぎの花   星川 佳子

祖母二人ひらがな二文字はぎの花   星川 佳子 『合評会から』(日経俳句会) 正市 ひっそりと静かに咲く萩と、ひらがな二文字名前の祖母二人という話を結びつけた、その感性の素晴らしさに惹かれました。 智宥 俳句を作ろうと、萩、はぎ、ハギとつぶやいていたら、そばから「なんでオバアチャンの名前を連呼してるの」って言われたんですな(大笑い)。 てる夫 よくも見つけたなという感じですね。昔のお祖母ちゃんは大概二文字名前でしたよね。それを句にするとはね。萩の花にもよく合っています。        *   *   *  これも句会での最高点句。「二人の祖母の昔風の名前に萩を重ねたのが抜群」(庄一郎)、「もしかして『はぎ』と『あき』かな、などと想像して面白い」(万歩)、「ひらがな二文字という表現に萩の花が醸し出す優しい雰囲気が重なる」(操)と好評嘖々。その一方で「祖母二人の『二人』が効いていない。かえって煩わしい。『祖母の名は』の方がいい」(恂之介)、「やはり名前という言葉が入っていた方がいい。『祖母二人ひらがな名前はぎの花』ではどうか」(正裕)といった意見が相次いだ。侃々諤々実に賑やかな句会である。(水)

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生き延びた少年たちの終戦日   今泉恂之介

生き延びた少年たちの終戦日   今泉恂之介 『この一句』  あれからもう68年もたったのだなと思う。そう言えば、一昨年も昨年も8月になると「ああ、あれからもう」と感慨にふけっていた。若者からすれば、「年寄りはもう・・」ということになるに違いない。とにかく「生き延びた少年」たちは今や後期高齢者として括られている。  わずか8歳だった少年(脚にゲートルを巻き「少国民」などと呼ばれ、今の8歳よりずっとませていた)の耳の奥に、みんみんじいじい鳴く蝉の声に混じって、か細い甲高い現人神の「耐え難きを耐え・・」の玉音放送が染みついた。眼の奥底には放送を聞いた直後の大人達の夢遊病者のような足取りと、そのわずか数週間後に出かけたヤミ市で同じ大人達が目を怒らせ怒号荒々しく物を奪い合っている姿が焼き付けられた。  何も知らされずやみくもに突進させられた兵隊や市民は訳が分からないまま死んでいった。日本国民150万人もが殺された戦争である。未来永劫忘れてはいけない事である。  近頃の句会では「もう戦中戦後の思い出俳句はいいんじゃないの」という声が出て来るが、私は「詠み続けるべきだ」と思っている。それが「生き延びた少年」の後世に伝えるべき最も重要な事であると信じている。(水)

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はすかいに雀流るる野分かな   佐々木 碩

はすかいに雀流るる野分かな   佐々木 碩 『合評会から』(日経俳句会) 正 野分の一瞬の光景をうまく切り取っています。野分の激しさと雀の斜めに飛ぶ様子が見えて来るようです。 定利 雀がはすかいに流れるというのがいいね。ただこれは実際に見たのかなあ。(爆笑) 正裕 「流され」ているのではなく「流るる」なんですね。これが良かったんでしょうね。 反平 これは「野分中」とした方が良かったんじゃないか。        *   *   *  句会で最高点を獲得した句。「水墨画になりそうな景」(万歩)、「目の付け所が俳句的」(柏人)、「風に耐えている雀がいじらしい」(操)と多くの賛辞が寄せられた。確かに俳句的な情景だし、雀の健気さも伝わって来る面白い句である。ただ、定利さんも言うように頭の中で拵えたような感じもする。合評会でも同様の意見が相次いだ。とことん趣向を凝らすのも俳句の道の一つだが、作品ではその痕跡を消さねばならない。このへんがとても難しい。(水)

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オモニへと書き遺されし知覧の忌        河村 有弘

オモニへと書き遺されし知覧の忌        河村 有弘 『合評会』(三四郎句会から) 恂之介 「オモニ」って、韓国語の「お母さん」ですね。 賢一 そうでしたか。知らなかった。いま聞こうと思っていたところだった。 有弘(作者) 知覧の特攻平和会館(鹿児島)に行くと、特攻隊員の写真や遺品がありましてね。その中で最も印象深かったのが「オモニ」への遺書だった。 恂之介 特攻隊員には一定のイメージを抱いていたけれど、朝鮮半島系の人もいたのですね。そういう面を伝えたという意味も含め、これは非常に重い句だと思う。 有弘 写真の表情に空しさが浮かんでいた、という記憶があります。           *           *  「知覧の忌」は一般的な季語とは言えない。しかしこの句の場合、「終戦日」「敗戦忌」などと取り替えにくいし、別の季語を入れるのも難しそうだ。作者それらのことを考えた上で、敢えて「知覧の忌」にしたという。この句に限ってでもいいから、季語と認めたい、と私は思っている。(恂)

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父も子も瓜実顔や敗戦忌          大澤 水牛

父も子も瓜実顔や敗戦忌          大澤 水牛 『この一句』  瓜の種は細長い。ただしよく見ると一方がやや広く、他方がやや狭い。これが「瓜実顔」だと、私は独断する。辞書によれば「色白く、やや細長い顔」となるが、顔の上部より下が細いのを瓜実顔の条件としたいのだ。ボクシングで言えばチン(顎先)が細く、一発でKOされやすいタイプである。  つまりこの句の父と子(男の子)はイケメンではあるが、どこか弱々しく、頼り甲斐のない顔形をしているのだ。団塊の世代はすでに瓜実顔が多く、その子も孫も、細面の傾向を深めていく。顎が細くなった結果、永久歯の数の少ない子供が増加中である。行きつく先は「宇宙人の顔」だという。  江戸時代の人骨研究者によると、殿様の多くは瓜実顔だった。幼い頃から大事に育てられ、柔らかいものばかり食べていると、顎が細くなって行くのだという。一方、普通の子は小魚やスルメなどを咀嚼し、顎の張った丈夫そうな顔立ちになっていったが、現在は……。日本人の顔はこぞって殿様型に向かっている。「日本危うし」。敗戦日を期に詠まれた、この句の真意を読み取らねばならない。(恂)

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赤富士のたちまちくづるかき氷       大倉悌志郎

赤富士のたちまちくづるかき氷       大倉悌志郎 『合評会から』(日経俳句会) 正裕 これはイチゴのかき氷ですね。いまの富士山ブームに結びつけていて、面白い句です。 臣弘 世界遺産になりましたからね。私は子供がかき氷を食べようとしている風景かな、と思いました。食べれば赤富士が崩れる。子供は食べたい。デリケートな矛盾した気持ちを感じました。 正 かき氷を赤富士に譬えたところがポイントですが、このところの暑さを表現しているような気もします。 定利 タイムリーな句ですね。今年だからこんなに点(7点)が入ったのだろう。 悌志郎(作者) かき氷に赤いシロップをかけているのを見て、これは「赤富士」だ、と思いましてね。              *            *  かき氷にかけるシロップを、関係業界では「氷みつ」という。その第一人気は断然イチゴだそうで、2011年の調べでは約22%。2位は何と青いみつをかけたブルー系の11%。かき氷の上位二つが「赤富士」「青富士」だったとは。そんなネーミングのかき氷がもう登場しているに違いない。(恂)

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高み往くオオムラサキや夏深し       堤 てる夫

高み往くオオムラサキや夏深し       堤 てる夫 『この一句』  この句を見た瞬間、「あぁ、夏深しだ」と感じた。昔、そんな光景を見た記憶があった。高い梢の上を確かに蝶が飛んでいたのである。記憶がだんだん広がって行く。あれは家の近くの歯医者さんの家の、確かケヤキの木であった。毎年、何度も見ていた。いつも、夏休みの終わりの頃だったような気がする。  日本の国蝶・オオムラサキなどには「縄張り飛翔」というのがあるという。事典類によれば、春の終わりから初夏にかけて生まれた蝶が晩夏に縄張りを作り、次世代を産むための行動である。高く飛び回るのはもちろんオスで、メスはそんなオスの姿を見つけ、追いかけてくるのだろう。  インターネットで得た情報も紹介しよう。「時間的には午後に行われることが多く、西日を浴びて高い樹冠を活発に飛び回る」「近くに居る時にはその羽音が聞こえる程、鳥の様に力強くはばたき、雄大に滑空する」。六十年も前の「虫好き少年」の心が久々に蘇えってきた。(恂)

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心まで茹であがりたる大暑かな       須藤 光迷

心まで茹であがりたる大暑かな       須藤 光迷 『季のことば』    このところ全国的に「経験したことにないような暑さ」が続いている。温度計を炎天のアスファルト路上に持ち出して計ったら、東京でも四十一度だった。「いま、四万十の人は同じ暑さの中にいるのか」と、妙な共感を覚えた次第だが、暦の上ではすでに秋。気温と暦の食い違いをどう考えたらいいのか。  「大暑」は二十四節季の一つで、辞典・歳時記などでは「暑さの最も厳しい時期」とあり、太陽暦で言えば七月二十二日は二十三日頃にあたる。もし今まで、この時期の句会に大暑の句を出したらどうか。歳時記至上主義の季節感によって、「もう秋ですよ」なんて注意されていただろう。  この句は現在の実感をそのまま句にした――と言いたいところだが、実は句会に出されたのは七月初旬のこと。そのころもけっこうな暑さではあった。しかし今ならさらにぴったりで、作者に「全くだ」「この通り」と同感の握手を求めたくなる。合評会などでは本質的な季語論を巻き起こしたかも知れない。(恂)

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