紫陽花の開花のたより信濃から       井上 啓一

紫陽花の開花のたより信濃から       井上 啓一 『この一句』  この句を見て、杉田久女の「紫陽花に秋冷いたる信濃かな」を思う人が多いはずだ。山本健吉が「調子の張り切った秀吟」「微塵ゆるぎもしない」などと絶賛を惜しまなかった句である。確かに名句だと思う。しかし久女の句には、信濃あたりに咲く紫陽花へのアマチュア的な疑問、なしとはしない。  例えばこのようなことだ。長野の寒冷地では紫陽花の開花は遅いと思う。しかし秋冷の頃まで咲いているのだろうか。もしかしたら枯れてしまっているかも知れない。果たしてこの紫陽花の花は秋空のような色なのか、枯れた薄茶色の花なのか。解釈の上で大きな相違が生じてしまう。  そこで作者は信濃の知人に「紫陽花の開花はいつ頃か」と訊ねて、その返事を貰ったのだと思う。開花は意外に早いじゃないか、紫陽花の花期は一か月くらいか、すると久女の紫陽花の花は――。この句はそのあたりをあっさりと詠みこなした。座五の「信濃から」が、久女の句に対応して軽快である。(恂)

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