クロッカス水耕の根に陽のさして   村田 佳代

クロッカス水耕の根に陽のさして   村田 佳代 『この一句』  花の少ない早春の花壇を華やかにしてくれるのがクロッカスとパンジーである。とくにクロッカスは丈夫で、屋内でも陽がさす場所ならば水耕栽培でも花を咲かせてくれる。  親指の先ほどしかない球根をガラスの水耕ポットに載せて、キッチンや居間の窓のそばに置いておくと、松葉のような葉を生やし、やがてその真ん中から花茎を伸ばし、黄色、青、紫、縞模様の花が咲く。  ガラス容器だから球根上部の葉や花茎だけでなく、水に浸かった根が日一日と伸びて行くのが見える。どこにそんなエネルギーを蓄えていたのか、窓越しの春の陽射しに白い根が光り輝くのを見つめていると、「春眠暁を覚えず」などと寝坊を決め込んでいたのが恥ずかしくなる。  この句のクロッカスはまだ花が咲く前の、葉と根をじわじわ伸ばしている頃を詠んだものと思える。小さいながらも力強さを感じさせるクロッカスの根に目をとめて、命の尊さを訴えている。(水)

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鳥帰るどこへも行けぬ氷川丸   吉野 光久

鳥帰るどこへも行けぬ氷川丸   吉野 光久 『合評会から』(酔吟会) 佳子 鳥は故郷に帰るのに氷川丸はどこへも行けない。氷川丸の活躍していた時代への郷愁とも絡み合って、うまく表現されています。 正裕 先日、山下埠頭で氷川丸見学してきました。大正の初めにアメリカ航路で活躍し、戦後引き揚げ船としても使われたそうです。情景、雰囲気がよく表現されている。 恂之介 もう長いこと繋がれたままの船の上を鳥が渡って帰るという風景が見えるようだ。 てる夫 「鳥帰る」を使って、現役時代を懐かしんでいるのがよく分かる。とても斬新な句だと思う。           *  横浜港の南側には氷川丸が、北端には日本丸が繋がれている。二つとも戦前の海運大国ニッポンを象徴する素晴らしい船で、船好きばかりでなく一般行楽客が見学に訪れている。しかし、繋がれっぱなしの船というものは何んとも悲しい感じがする。作者が闘病中の吉野さんと分かって、句会の席は一瞬静まった。(水)

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水温み電池入れ換ふ万歩計   澤井 二堂

水温み電池入れ換ふ万歩計   澤井 二堂 『季のことば』  三月から四月にかけて気温が上昇し、池や川の水もなんとなく暖かく感じられるようになる。キッチンに立つお母さんも、水道の栓を勢いよく開けて水をほとばしらせている。明るい陽射しがあたり一面を生き生きと輝かす。  そういう時候を水の温度変化で言い表した季語が「水温む」。天明(1780年代)の俳人与謝蕪村はこの気分を「水ぬるむ頃やおんなのわたし守」と詠み、現代俳句の総帥高浜虚子は「これよりは恋や事業や水温む」と詠んだ。万物生動する季節である。  この句の作者は「お年寄り」と言われるのには抵抗感を抱きながらも、その実、徐々に忍び寄る身の弱りを痛感している。それだから昔取った杵柄のゴルフには相変わらず精進しているし、日頃もつとめて身体を動かすように気をつけている。朝夕の散歩も欠かさない。毎日必ず一万歩というわけにはなかなかいかないが、つとめて歩くようにしている。万歩計の電池入れ替えもおさおさ怠りない。(水)

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朝刊の届きし音や春の雪   片野 涸魚

朝刊の届きし音や春の雪   片野 涸魚 『合評会から』(酔吟会) 恂之介 どうも雪が降っているようだから、もう少し寝てようかというところへ、ことんと新聞の入れられる音がした。ただそれだけを、なんの恰好つけることもなく普通に詠む。こういうのがいいですねえ。 操 私はマンション住まいで新聞配達の音は聞こえないんですが、こういう感じ、とてもいいですね。静寂さが伝わってきます。 臣弘 休日の朝ですかね、新聞がぽとんと投げ込まれたんで、床から抜け出して取りに行く。お、雪だと気づいて、新聞持ってまた寝床に戻る(「おやおやまた寝ちゃうの」。大笑い)、まあそういった春の休日ののんびりした雰囲気も感じられます。           *  雪は周囲の音を吸い取ってしまうのか、雪の日はとても静かだ。新聞が郵便受けに差し込まれる音など、とても大きく聞こえる。ああもうそんな時間かと思いながらぬくぬくと暖かい蒲団にくるまっている。(水)

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夕東風や手酌で過ごす釣りの宿        印南 進

夕東風や手酌で過ごす釣りの宿        印南 進 『この一句』  この時期の川釣りはどうなのだろう。詳しいことは知らないが、寒そうで、魚の食いも悪そうで、宿に泊まるような釣りなら、海釣りではないだろうか。海なら、イサキ、メバル、イシモチ、ハナダイ……。そう考えるだけで、早くもうきうきしてきて、船上の釣りへの思いが湧いてくる。  句の作者は釣宿の部屋に入り、一人手酌でやっているのだが、決して寂しいわけではない。明日、釣るべき魚種を思い浮かべ、仕掛けは、餌は、コマセは、と思いを巡らせているのだ。それともう一つ、風という重大な関心事がある。窓の外をうかがうと、夕東風が吹き始めたようである。  近年、東風は荒っぽくなった。海に来てそよ風に出会ったことは少なく、この二月の釣りは、ごうごうと鳴る風に早々と退散してきた。「春の海ひねもすのたりのたりかな」(蕪村)。最近、しきりにこの句が頭に浮かんでくる。穏やかな海でゆっくりと釣りを楽しみたい、と思っているからだろう。(恂)

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雨脚の絹糸となり雛納め           岩沢 克恵

雨脚の絹糸となり雛納め           岩沢 克恵 『この一句』  お雛様を早く仕舞わないとお嫁に行き遅れる、という。雛納めは天気のいい日に限る、ともいう。「それはそうだけれど」と若いお母さん。子供を保育園に預け、勤めに出ているから、日を選ぶことが難しい。夫は土曜日に用事のあることが多いし、どうしても日曜日になってしまうのだ。  日曜日、朝から雨だったが、仕方がない。昼過ぎ、雨はやや小止みとなったのを見定めて、お雛様を仕舞いだした。すると急に外が明るくなり、晴れてきた気配である。見ると、止み際の細かい雨がはらはらと降っている。そんな状態を、この句は「雨脚の絹糸となり」と、実に美しく詠みあげた。  「夕雲のふちのきんいろ雛納め」(鍵和田秞子)。かつて、この句に出会って感嘆した。雛納めの句はこれで打ち止めにした方がいい、とさえ思った。しかし俳句は、そんなに底の浅いものではないらしい。私は考えを変えた。これからも素晴らしい雛納めの句が、たくさん生まれてくるに違ない。(恂)

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春光やアベノミクスという魔球        須藤 光迷

春光やアベノミクスという魔球        須藤 光迷 『この一句』  マユツバとも見えた安倍首相の政策が、効果を表してきたようだ。景気上昇のメドと言われていた日経平均一万二千円が達成されたとなると、たちまちにして疑心暗鬼が薄れ、経済・産業界だけでなく、一般にも大歓迎の声が広がってきた。「アベノミクスという魔球」とはまさに言い得て妙である。  国民への借金を増やしつつ、2%の物価上昇を目指すという奇妙な政策。それが、「約束通り」にいくかどうかが、アベノミクスの成否を占うのだという。円安が進めば、百ショップを初めとする庶民生活のよりどころは、どこもかしこも値上げを免れない。年金受給者や低所得者は、なぜ黙っているのか……。  ……と私は思っていた。だからこの句を見た時、「春光」という季語だけが不満で、「春愁」でどうか、などと考えていた。ところが数日にして、米ダウ平均が史上最高値を更新、「日本株にも追い風」などと報道されると、「春光」でもいいかな、と思い始めた。どうやら「魔球」にしてやられたらしい。(恂)

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永き日に卵を二つ生みにけり         井上 啓一

永き日に卵を二つ生みにけり         井上 啓一 『季のことば』  俳句を知らない人にはピンとこない「俳句語」というものがある。「日永」「暮遅し」なら分かっても、「永き日」や「遅き日」となると、「何これ?」となる。しかし一度、理解した後は、その言葉の持つ味わいがじわじわと膨らんできて、いつの間にか俳句語ファンになっていくらしい。  一方、俳句を作る側になると、俳句語の微妙さが常に難敵となる。たとえば「永き日」。この季語の特徴は、と考え、のんびりした言葉を配していくと、「付き過ぎ」となり、平凡な句となってしまう。では、どんなことを考えるべきか。それが分かるようになれば、俳句の達人になれるだろう。  「卵を二つ生みにけり」。これを見て、まさに永き日だ、と私は嬉しくなった。どこがいいのか、と考えても、いい答えが浮かばない。日照時間、気温、気候、トリの体調というようなことに関係があるのだろうが、それだけではない。永き日と卵二つ。どうしても、うまく説明出来ないものがある。(恂)

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丹頂の吐く息赤き日の出かな         後藤 尚弘

丹頂の吐く息赤き日の出かな         後藤 尚弘 『合評会から』(三四郎句会) 論 北海道・士別の風景を思い出しました。朝の静謐さと絵画的風景ですね。丹頂鶴の白、日の出の赤。そのコントラストがいい。 恂之介 赤し、というのは日の出による赤ですか。 賢一 息は普通、白い。日の出で、吐く息が赤く見えた。そこがいいと思いました。 進 私は、本当かなと、この句に「?」マークをつけた。鶴の息が朝日に照らされて、赤く見えたのですね。素晴らしい風景だけれど、出来すぎの感じもするなぁ。 尚弘(作者) 北海道の寒い時、こういう風景がありますよ。鶴は鳴く時、上を向いて白い息を吐きますが、日の出の時は赤く見えるんです。そこに私は感動した。 有弘 白じゃつまらない。赤だからいいのですよ。            *          *  俳句を始めて一年ほど、という人の多い句会。このような合評会が行われている。(恂)

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春光やひげだけ動く眠り猫   星川 佳子

春光やひげだけ動く眠り猫   星川 佳子 『合評会から』(番町喜楽会) 正裕 ひげだけぴくぴくさせながら猫が居眠りというのは、春の季語なら何でも付くと思いましたが、やはりこういうのんびりした光景は春光が合っていますね。 大虫 たぶん猫に春の陽射しが当たっているんでしょうね。気持の良い分かり易い句です。ただし「眠り猫」というとすぐに日光の眠り猫を思い浮かべてしまうので、それがどうなのかなとも思いましたが・・。 春陽子 季節に素早く反応するのが猫なのかなと、「ひげだけ動く」とは観察が行き届いています。 水馬 猫は寝ていてもひげだけはぴくぴく動かします。よく見ているなあと思いました。 六甫 田舎のおふくろを思い出しましたね。猫も寝ている、おふくろもこっくりやっている。そんな雰囲気がね、感じられました。           *  こういう情景は江戸時代から連綿として詠まれ、類句はいっぱいあるのだろうが、「ひげだけ動く」といったところがなかなかいい。(水)

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