老いし目に白さ眩しき残り雪   久保田 操

老いし目に白さ眩しき残り雪   久保田 操 『季のことば』  「残雪が老いの目には眩しさとともに冷たさを感じさせたかも知れない。共感しました」(大虫)。「『老い』と『残り雪』、哀しいことでもあるが、キラキラした輝きもあるという気持がうまく詠まれています」(睦子)。「残り雪には残りの人生ということもあるし、まだこれからという明るさも感じられます」(臣弘)。  句会ではこのように高い評価を得たのだが、問題も指摘された。一月句会(寒の最中)に「残り雪」という春の季語をぶつけて来るのはどうか、というのである。確かに「残雪」「残る雪」「雪のこる」は、春になっても北側の裏庭や路地の奥、あるいは遠山の頂きに白く残っている雪景色を言う仲春の季語だ。  この句は1月14日・成人の日の東京周辺を驚かせた大雪(と言ってもわずか12センチ)の翌朝か翌々日の光景であろう。雪の後の「雪晴れ」は本当に眩しい。結局この雪は10日ばかり残っていた。作者が素直にすっと詠んだことがよく分かる句だ。惜しいなあ。「今朝の雪」と大人しくやっておくか、それともこのまま「春の句」と開き直って、2月あるいは3月句会に出しますか。(水)

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