聖堂をあまねく満たす冬日かな   大下 綾子

聖堂をあまねく満たす冬日かな   大下 綾子 『この一句』  これは湯島の聖堂であろうか。それとも聖橋を渡って向い側の駿河台にあるニコライ堂(正式名称東京ハリストス復活大聖堂)か。ちなみに御茶ノ水駅そばの神田川に架かる聖橋は、湯島と駿河台の二つの聖堂を結ぶ橋という意味で名付けられた。どちらを詠んだものとするかで句の趣が微妙に変わってくるが、どちらと取っても句の意味する本筋は変わらない。大きな聖堂の内部に冬日が降り注ぎ、荘厳な雰囲気が漂い、信者ならずとも得も言われぬ大きなものにすっぽりと包まれたような感じになる。  しかし、この句は何もお茶の水の二つの聖堂に限ることはないのだ。ヨーロッパのゴシック建築の大聖堂でもいいし、日本国内津々浦々の小さな教会でもいい。この句の眼目は聖堂に射し込む「冬日」なのだから。  真夏の陽射しとは比べものにならない弱々しい冬日射しだが、一旦、暗い聖堂内部を照らすや、劇的な明るさと万物蘇生の温みをもたらす。「あまねく満たす」がそれをよく伝えている。(水)

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