寒の水青空映し流れけり   流合研士郎

寒の水青空映し流れけり   流合研士郎 『合評会から』(日経俳句会) 睦子 清らかな感じがとてもいい。 臣弘 清冽さというか、静かに流れている。寒さを覚える。青い空が映っていて。きれいで、出来すぎの感じもしますがうまい。 明男 流れているのは水なのか、青空の雲なのか。私は両方だと感じました。正月らしい、すがすがしい句だと思います。        *   *   *  三人の評で言い尽くされているのだが、身の引き締まる思いを抱かせる句だ。別になんということを言っているわけではない。寒の最中、静かな流れに青空が映っているというだけである。ただそれだけで寒の厳しさ、清らかさ、抜けるような冬の青空が見えて来る。飯田龍太に「一月の川一月の谷の中」という句があって、その句の良さがもう一つ分からなかったのだが、この句を見て、一月の川の句のエトキをしてもらったような気がした。(水)

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冬ぬくし腹に小銭の布袋尊   今泉恂之介

冬ぬくし腹に小銭の布袋尊   今泉恂之介 『メール合評会』(日経俳句会・番喜会合同) 柏人:「冬ぬくし」と「布袋の太鼓腹」がよく似合っている。「小銭」も効いていて、全体の柔らかい雰囲気が伝わってくる。 光迷:腹の上に小銭を積み上げ、幾つかを前にこぼした布袋尊には、微笑ましさ、長閑さを感じました。いい日和の中を連れ立って七福神めぐりをする雰囲気がよく出ていると思います。 白山:ユーモアのある写生句ですねえ。        *   *   *  これも佐倉七福神吟行の一コマ。大聖院というお寺の庭に大きな布袋和尚が座っている。参拝客が面白がって載せたのだろう、太鼓腹には十円、五円、一円の小銭が山になっていた。布袋さんは唐時代末(十世紀初め)、現在の浙江省寧波市にいた乞食僧で大きな袋をかついで喜捨を乞い歩き、占いなどして住民の人気者だったという。このお寺のはどうやら佐倉七福神開始に合わせて作られたらしく、まだ真新しい。小銭ばかりでは石像の彫り賃を回収する頃には苔むしてしまいそうだが、布袋さん一向に頓着せずにこにこ笑っている。(水)

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福詣ふわっとふくをしょひにけり   池村実千代

福詣ふわっとふくをしょひにけり   池村実千代 『季のことば』  福詣(ふくまいり)は正月に七福神を祀る社寺を巡り、その年の幸運を願う行事。元禄時代に始まり、江戸後期に大流行した。文化2年(1805年)、骨董商で文人の佐原掬塢が向島に百花園を作り、そこが狂歌や戯作で有名な太田蜀山人、画家の谷文兆はじめ文人仲間の溜まり場になった。百花園の福禄寿に目をつけた文人仲間の知恵で隅田川七福神巡りが生まれたという。三囲神社の恵比寿、大黒、多聞寺の毘沙門天、長命寺の弁財天、弘福寺の布袋尊、白髭神社の寿老人である。今では墨田区無形民俗文化財という大層なものになっている。  バブル経済末期の1980年代後半から七福神巡りがまた流行り始め、それ以後処々方々に新顔が続々と生まれている。これは俳句仲間で出かけた佐倉七福神吟行の一コマ。うらうらと陽射しを浴びて佐倉城址周辺をのんびり散策する気分が、「ふわっとふくをしょひにけり」という平仮名表記で遺憾なく表されている。(水)

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尖る音水琴窟の寒の水         大熊 万歩

尖る音水琴窟の寒の水         大熊 万歩 『合評会から』(日経俳句会) 正 「尖る音」がユニークですね。寒の水と水琴窟の両方に響いています。 臣弘 名古屋で日帰り温泉に入ったとき、洞窟のような場所に水琴窟があり、ポトンポトンと音がしていた。あれは確かに尖る音だった。 淳 水の冷たさを、音で表しているのがすごいですね。 研士郎 寒の水の透明感と水琴窟の音を「尖る」でまとめている。 操 ただでさえキーンと響く音が、寒の水によってさらに鋭く聞こえてくるのですね。 悌志郎 「尖る」というのはどうでしょうか。私は水琴窟の音でそう感じたことはないが。 水牛 尖っているかどうかは取り様でしょう。作者、読者の主観ですよ。 智宥 言葉の組み合わせの妙というか、作り過ぎというか。評価は分かれると思うが……  *            *  水滴が空洞内に落ちて反響する水琴窟の音はなかなか味わいがあり、俳句の素材としてけっこう人気が高い。「尖る音」と「寒の水」。この二語によって、ユニークな水琴窟の句になった。(恂)

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真つ青な竹柄杓あり寒の水        須藤 光迷

真つ青な竹柄杓あり寒の水        須藤 光迷 『この一句』  神社かも知れないが、寺の手水舎(ちょうずや・てみずや)に置かれた柄杓、と見ることにしよう。年末に裏山あたりから手頃な孟宗竹を切り出し、寺の人たちが手造りするのが恒例の仕事だ。煤払い終え、境内を清掃し、真新しい柄杓をいつもの場所に置くと、いよいよ年迎えの準備が完了する。  初詣に何百万人、何十万人もの人出があるような、都会の大寺社ではない。五、六本の柄杓を置けば、参拝客が長い列をつくることはない。それだけに寺の人たちは心を込めて竹を切り、丁寧に柄を削り、柄杓を作り上げる。檀家の人々は今年も青竹の柄杓で手を清めるのを楽しみにしているようだ。  作者は松が取れて、参拝客をほとんど見なくなった頃、その寺を訪れたのではないだろうか。閑散とした手水場で手を洗う。作法にのっとり、柄を立てて、残りの水を少し手の上に流した時、これは「寒の水」だ、と思った。今年の寒の入りは五日であった。柄杓が作られて十日も経っていたが、鮮やかな青さが目に染みる。そうだ、初句会の兼題に「寒の水」があった、と作者は気づいた。(恂)

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冬の蝶近衛連隊ありし跡     玉田春陽子

冬の蝶近衛連隊ありし跡     玉田春陽子 『この一句』  冬の蝶には何らかの跡地が似合うようだ。廃校、工場跡、練兵場跡。広さがあり、人がめったに来ないのでひっそりとしている。建物の隅や植え込みの下に日の当る場所もあって、凍える恐れもなさそうだ。蝶はここで春を待つが、途中で命が絶えたとしても、以って瞑すべしではないだろうか。  近衛連隊は天皇や宮城の警固にあたり、戦場に出ることもあった。師団の中にいくつかの連隊があるが、句の場所は作者によれば、東京・千代田区の旧近衛司令部である。かつての建物は東京国立美術館工芸館に変わったが、昔の赤レンガ造りはそのままで、クラシックな雰囲気を漂わせている。  蝶の越冬地として、この敷地のどこが適当か、と考えてみた。入口近くに人のあまり来ない場所がある。木々もよく茂っているから、蝶は安心していられるだろう。目印は北白川能久元師団長の騎馬銅像。明治維新の頃、彰義隊に「天皇候補」として担がれ、東北へ逃げた後に謹慎、外国女性との恋愛でも有名になった人だ。世のことはすべて夢の如し。冬の蝶はここでどんな夢を結ぶのだろうか。(恂)

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冬すみれ母が好んだ散歩道     高井百子

冬すみれ母が好んだ散歩道     高井百子 『この一句』  すみれ(菫)の花への人々の思いは、芭蕉が「山路来てなにやらゆかし」と詠んだ頃から、ずいぶん変わってきたのではないか。宝塚を象徴する曲「すみれの花咲く頃」。あの甘いメロディと乙女心がしっかりと結びつき、すみれの新たなイメージが作り出されてきたように思われる。  「すみれの花咲く頃の叔母杖に凭(もた)る」(川崎展宏)という句がある。かつてこの歌を口ずさんでいた女性たちは老いて杖を手にするようになり、この世を去る人も増えてきた。句の作者の母上も先年、長寿を全うされたと聞いている。すみれのイメージにも、変化が生まれていくのかも知れない。  冬すみれは、特別なすみれの種類を言うのではない。寒の頃、日当たりのいい場所に早く咲き出すすみれである。作者が散歩中、ふと目をとめると、道端の日だまりにすみれが紫色の小さな花を咲かせていた。この道は母の好きな散歩道だった、と懐かしく思い出したのだ。母上も宝塚の歌を好んでいたのだろうか。ともかく私はこの句を見ているだけで、あのメロディが聞こえてくるのである。(恂)

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なみなみとお屠蘇代りの大吟醸   堤 てる夫

なみなみとお屠蘇代りの大吟醸   堤 てる夫 『合評会から』(番町喜楽会) 百子 実家は古い家でしたから屠蘇道具もちゃんとしていて、それに慣れ親しんでいましたが、その後外国暮らしや子育てで、お屠蘇から離れてしまいました。最近、形ばかりお屠蘇をやるようにしたのですが、息子たちはこっちの方がいいやといきなり大吟醸。そういう感じがよく出た句だなと思います。 春陽子 うちは父方も母方も酒飲まない家系で、こういう道具とも疎遠でした。私だけが飲むようになっちゃいましたが、やはり屠蘇よりは酒という気分です。しかもこれは大吟醸をなみなみとですもんね。正月らしくて景気がいい。 正裕 今どきの家族風景ですね。お屠蘇はいいや大吟醸で、という気分。           *  確かに立派な屠蘇道具を飾って、家族全員かしこまってまず一献。「おめでとうございます」と挨拶して雑煮を祝う、といった家は少なくなっているだろう。それにあの屠蘇という一種のリキュールは、新年気分を醸し出しはするが、あまり美味いというものではない。やはり大吟醸に手が伸びる。(水)

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日の当る地を這ふごとく冬の蝶   田中 白山

日の当る地を這ふごとく冬の蝶   田中 白山 『合評会から』(番町喜楽会) 厳水 ゴルフ場の日の当たる斜面をよたよた飛んでいる冬の蝶を見たことがあります。この句を見たときにすぐその光景を思い出しました。 冷峰 「地を這ふごとく」が冬の蝶にぴったりしている。墜落してしまいそうな感じで、ふわふわ辛うじて飛んでいる冬の蝶をうまく詠んでいます。 啓一 「日の当たる地」と「地を這ふごとく」と、両方にまたがっているんですよね。面白い詠み方で、しかも地面すれすれにようやく飛んでいる冬蝶の様子を描いて、いい句だと思います。           *  たまのぽかぽか陽気に冬の蝶が飛んでいるのを見ることがある。蝶は十二月、寒さ厳しくなると大概は死んでしまうのだが、落葉の下などに潜って翌春までしぶとく生き残る越年蝶もいる。春が来たと早合点してそういうのが飛び出したのか、あるいは命数尽きる寸前、最後の力を振り絞って飛んでいるのか。冬蝶の生態をよく観察した句だ。(水)

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初鳶の池に突っ込む称名寺   藤村 詠悟

初鳶の池に突っ込む称名寺   藤村 詠悟 『この一句』  称名寺(しょうみょうじ)は鎌倉時代中期(西暦1200年代半ば)の武将北条実時が、領地である三浦半島六浦荘金沢(現・横浜市金沢区)に建てた寺。境内に作られたのが金沢文庫で、和漢の書籍を集めた当時としては日本有数の図書館だった。鎌倉幕府滅亡と共に称名寺も金沢文庫も衰微したが、徳川時代に再興され、現在では赤門、仁王門、金堂が残り、金堂前には大きな池を配した浄土式庭園が復元されている。金沢文庫も昭和5年に神奈川県立金沢文庫として再建復興した。中世文化に関する博物館兼図書館として貴重な存在。  周囲は住宅が密集しているが、一歩境内に入り、金堂横手から裏山に登ると、別世界に来たような気持になる。林には藪椿が咲き、茂みのあちこちに百観音が見え隠れ。ヒヨドリ、椋鳥などはもちろん、山雀、四十雀、目白、鶯など野鳥が遊ぶ。大池には鯉が泳ぎ、浅瀬には稚魚が群れ、ゴイサギがつくねんと佇む。時折、獲物を目がけて上空から鳶が急降下して人を驚かす。この近くに住む作者は初詣を皮切りに、ここへの散歩が日課のようになっている。(水)

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