年暮れる五年日記も書き終えて      竹居 照芳

年暮れる五年日記も書き終えて      竹居 照芳 『この一句』  日記を書き終えて年が暮れた、というのでは当たり前過ぎて俳句にならない。ところが「五年日記」となると話が違う。日記帳には五年間という奥行があり、子や孫の成長とか、ゴルフの成績、句会の結果というようなことまで、すべてが遠景、近景を伴う絵画・動画のように存在しているはずだ。  人間は一年をひと区切りとして生きているとは限らない。学校の入試や就職試験などを目指すのであれば三年先、四年先を見つめて努力を続けることになる。五輪種目の有力なアスリートたちは、古代ギリシャ人の用いていた年代「オリンピアード(四年間)」を一区切りとして生きているのだ。  五輪の年は閏年であり、米大統領選の年でもある。大、中、小国の指導者交代が相次いだ今年、目を自分に転じてみると、こまごまとした原稿を書くようなことばかりだったが、それが悪いということではない。上掲句の作者は一昨年から俳句を始め、その二年目が終わった。五年日記の四年目の秋からは、俳句のことも書いたのかな、などと想像してしまう。さて我々の次の五年はどうなるのだろう。(恂)

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