落葉掃く身辺整理するごとく          直井 正

落葉掃く身辺整理するごとく          直井 正 『この一句』  明治時代の「名文の書き方」的な本を読んで驚いたことがあった。本の半分ほどが「~は~の如く」、つまり比喩の書き方に費やされていたのだ。「夕日は熟れ過ぎた鬼灯(ほおずき)の如く歪み」というような例を覚えている。明治の頃の名文には「~の如く」「~のような」が欠かせなかったのだろう。  俳句でも「如く俳句」の流行した時期があった。「玉の如き小春日和を授かりし」(松本たかし)のような名句は喝采を浴びたはずだが、低レベルの「如き」もたくさん詠まれていたという。やがて「如く俳句」を批判する声も出て、今は「あまり作らない方がいい」あたりに落ち着いているのではないか。  とはいえ「如く俳句」を悪いと決めつけることもない。要は読み手が「なるほど」とうなずいてくれればいいわけで、上掲句はそのレベルに達しているのではないか。掃かなくてはと思いながら、なかなか手をつけることが出来ない。掃き終えたら、また降って来る。残りの人生はこの作業に費やされるのか――。後期高齢者の落葉掃きは、身辺整理をするような思いに付きまとわれている。(恂)

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