当てどなくさ迷ふがよし大花野   大倉 悌志郎

当てどなくさ迷ふがよし大花野       大倉 悌志郎 『この一句』  地上の広大な地域を「大」で表す語はさほど多くない。大海原、大草原、大平原、大砂漠……、大夏野、大枯野もあるかな、という程度だろう。そういう中で、もちろん俳句の中でという意味だが、大花野はかなり大きな顔をして作品中に現われてくる。どうしてだろう、と考えてみた。  庭の一坪でも植木鉢でも、秋の野の草が生えていれば、箱庭のごとく花野を思い描くことができる、と前回に書いた。では「大花野」はどうだろう。わが猫の額の雑草を眺めているうちに、頭の中に大花野が生まれてきた。いや、何も見なくても、頭の中にはもともと大花野があるような気がする。  「この大花野って、霧ケ峰? 日光の戦場ヶ原?」。句会ではよくこんな言葉も聞くが、詠む人の心には、どこともつかぬ自分の大花野が広がっているらしい。当てどなくなくさ迷うというのも、心の花野でのこと。井上井月も種田山頭火も、何の目標も目的もなく大花野を放浪するなんて、やったことがないだろう。しかし心の大花野であれば、誰でも、何時でも、自由にさ迷うことができるのだ。(恂)

続きを読む

一坪に七種植えてわが花野       大澤 水牛

一坪に七種植えてわが花野       大澤 水牛 『合評会から』(日経俳句会) 淳 「一坪に七種(ななくさ)」とは面白い。本当の話なのでしょうね。何となくつましいような、自慢げのような。しかしどなたでしょうか、こういうことをなさるのは。 佳子 秋の七草をそろえて、わが花野が完成したという満足感がありますね。でも葛なんか植えたら、はびこってしまうので、あとが大変でしょう。 実千代 「花野」の詠み方はいろいろあるのだな、と思いました。 水牛(作者) 本当に植えたんですよ。葛だけはやめました。自慢げとは言ってくれましたね。まさにその通りなんですが。(大笑い)               *        *  箱庭とか盆景とか、日本にはミニチュアの自然を作って大きな自然を感じるという風雅な趣味が昔からあった。その伝で言えば、植木鉢に野の草を植えて花野を思い描くこともできよう。ところが庭の一坪を使ってそれをやる人がいたとは、何とも豪儀なものである。うらやましい。(恂)

続きを読む

ミシン踏む夜なべの母の肩細し   来間  紘

ミシン踏む夜なべの母の肩細し   来間  紘 『この一句』  「夜なべ」が兼題の句会で「夜なべと言うと必ず母だからなあ」と誰かが言った。確かにそうである。夜なべと母は付き物と言ってよく、食傷気味である。しかし、大昔から昭和時代まで、実際に夜なべの主役は母親であった。  ことに昭和20年から30年代半ばまでの、日本がまだ貧乏国だった時代の母親は強かった。父親だって一生懸命働いていたのだが、どういうわけか、どの家庭もおふくろの存在感が際立っていた。月給には世間相場があり、当時は国中が疲弊のどん底だから低く抑えられている。物価高騰は激しい。母親としては乏しい月給で遣り繰りしながら、少しでも家計の足しにと内職に励んだ。  縫い物上手なお母さんは和服の仕立て、ミシンが出来れば洋裁、編物機械が得意ならセーターやチョッキ、不幸にもそうした業が無ければ袋張り、輸出用の造花作り、玩具の組み立てや彩色。当時のお母さんたちはありとあらゆるものをこなして子供たちを育てた。おしなべて痩せていてひ弱に見えたが、実に頼もしかった。(水)

続きを読む

夜なべする母の面影昭和の日   直井 正

夜なべする母の面影昭和の日   直井 正 『合評会から』(日経俳句会) 定利 「面影」で昭和は遠くなりにけりということか。「面影」「昭和」とちょっとしつこい感じもするけど。 昌魚 四月二十九日のみどりの日が昭和の日になった。別の句会で昭和の日は季語だからと叱られたことがある。 誰か 昭和時代のある日ということなので、この場合はいいんじゃないですか。 冷峰 私の経験からしても、夜なべは戦後間もない昭和時代の産物として懐かしく、家族を支えるおふくろの夜なべ仕事をしみじみ思い出します。      *     *     *  昭和元年と64年とはそれぞれ一週間しかないから、昭和時代は大まかに言ってざっと60年。最初の20年は軍国主義の台頭と無謀な戦争時代、中の20年はみじめな敗戦と七転八倒・無我夢中の復興時代、後の20年は世界が驚く高度成長と浮かれ過ぎのバブル時代。印象深いのは中の20年。まさに気丈なおふくろが背負って立った「夜なべの時代」でもあった。(水)

続きを読む

外来種伸びて黄色の花野道   杉山 智宥

外来種伸びて黄色の花野道   杉山 智宥 『この一句』  花野を黄色く彩る草と言えば、秋の七草の代表選手オミナエシ(女郎花)が真っ先に浮かぶ。しかし、近頃、大都市近郊の野原では野生の女郎花はほとんど見かけなくなってしまった。それに代わってえらく元気が良いのがオオアワダチソウ、セイタカアワダチソウ、ブタクサといった外来種(帰化植物)である。いずれも北米原産で、河原や道路端、造成地、高速道路の土手などどこにでも繁る。  ブタクサは明治時代にアメリカからの輸入貨物にタネが紛れ込んで運ばれたものらしい。ブタクサともっと大型で最大4㍍にもなるオオブタクサは、花粉が風に乗って四散し秋の花粉症を引き起こす。オオアワダチソウ、セイタカアワダチソウは、アキノキリンソウの仲間で黄色の花穂をたくさん咲かせ、そのあまりな猛々しさに「これぞ花粉症の元凶」と忌み嫌われたものだが、実は虫媒花で花粉症とは無縁。これは明治時代に園芸植物としてわざわざ輸入された。  とにかく今や日本にはざっと千五百種の外来植物が繁茂し在来種と地盤の奪い合いをしている。野草の世界も騒々しくなっているようだ。(水)

続きを読む

ねんごろに猫と語らふ花野かな   金田 青水

ねんごろに猫と語らふ花野かな   金田 青水 『季のことば』  俳句で「花」と言えば春であり、「花野」も爛漫の春ではないかと思うのだが、これは秋の季語。山上憶良が「秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数ふれば七種(ななくさ)の花 萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花」(万葉集巻八)と詠んで以来、秋の七草というものが決まり、花咲く野辺は秋のものということになった。  花野と言うと広大な野原を思い浮かべるが、今どきの日本でそんな所はそうそう無い。河川敷でも堤防でも公園でもいい。売れ残った宅地造成地でもいい。生えているのはせいぜい薄と葛に野菊、セイタカアワダチソウにネコジャラシくらいかもしれない。それもまた花野である。  散歩コースにそうした花野とも言えないような野原がある。野良猫が何匹かそこを住み処にしている。なかには人慣れしたのがいていつの間にか懇ろになっている。持ってきた煮干しを放ってやりながら、「何か面白いことあったかい」なんて聞いてやる。(水)

続きを読む

ただいまの声木犀の香を運び     徳永 正裕

ただいまの声木犀の香を運び     徳永 正裕 『合評会から』(日経俳句会) 実千代 金木犀の木が玄間の近くにあって、ドアを開けた時香りが家の中に入ってきたのですね。 二堂 「ただいま」の元気な声が聞こえるようだ。香りも感じます。内容のある句ですね。 啓明 元気な子が木犀の香をあちこちで体につけて帰ってきたのかな。 研士郎 声と、香り、木犀の花の色も感じます。 悌志郎 うちの辺りで咲いたのは、昨日、一昨日ですかね。タイミングが合いました。 恂之介 (作者が正裕氏と判明して)何となく女の人の句かな、と思っていましたが。 紘 ちなみに「ただいま」と言ったのは誰ですか。 正裕 実は私です。 何人か なーんだ。 香りを感じたのは奥さんか。 そんな風に絵解きされると面白くなくなるなぁ。                 *       *  男の作家が小説にこんな場面を書いても、「なーんだ」なんて言われることはない。(恂)

続きを読む

雲の行くその影もゆく大花野   佐々木 碩

雲の行くその影もゆく大花野      佐々木 碩 『この一句』  野の花が咲き乱れる広大な花野の風景。晴れた空に雲が流れて行く。作者は小高い場所にいるのだろうか。視線を空から下に転ずると、雲の影が花野を動いている。美しい自然を映した動画の一部、という感じである。分かりやすく、誰の目にも浮かぶ光景であり、句会で圧倒的な最高点を獲得した。  この句の欠点を挙げるとすれば、類想の句があることだ。麦秋の畑、夏の野、花野、枯野…。そんな場所にいて、空を眺めると雲が流れて行く、という句はよく見かける。広大なフィールドに雲の影が動いて行く、という作品も珍しくない。しかしその双方を詠んだ句は珍しいかも知れない。  俳句は「省略の文芸」と言われる。つまり「雲の影が行く」だけを詠んで雲の動きも知らせる、一方の動きで他方の動きも感じて下さい、というような表現が俳句の一つの作り方である。しかしこの句は、敢えて省略しない手法をとった。雲が流れていく。花野に影が動いてゆく。ああ、あれは雲の影なのだ、と気づく。そんな人の目と心の動きが、この句に詠み込まれている。(恂)

続きを読む

和太鼓に合せ騎馬ゆく運動会   須藤 光迷

和太鼓に合せ騎馬ゆく運動会     須藤 光迷 『この一句』  和太鼓が、ドン、ドン、ドンと鳴る。校庭の両側に騎馬戦の騎馬が次々立ち上がる。和太鼓の音は歩みのリズムに変わる。いざ戦わんかな。横一列に並んだ騎馬が両側からゆっくりと中央に向かって行く。男の子なら誰でも運動会の騎馬戦を思い出すだろう。ただ、太鼓の音はどうだったか。  近年、和太鼓の人気が高い。もう三十年も前だろうか、佐渡の鬼太鼓座(おんでこざ)が有名になった。鼓童というグループも出来た。和太鼓のグループがマラソンを走ったり、外国で演奏をしたりした。一度、火がついた和太鼓ブームはずっと燃え続けているようだ。中学校や高校では和太鼓が盛んだという。知人の孫は和太鼓部に入るために、ある中学を受験し、合格しているのだが…。  町では和太鼓教室が次々に生まれ、会員は女性が圧倒的に多いという。運動会で太鼓を叩くのは女子生徒かも知れない。もしかしたら女子の騎馬戦も? インターネットで検索したら、続々と出てきた。ある人に驚きを語ったら「女子の騎馬戦なんて常識。あんた時代遅れだよ」と言われてしまった。(恂)

続きを読む

度忘れの名前増えたり衣被   大熊 万歩

度忘れの名前増えたり衣被       大熊 万歩 『合評会から』(日経俳句会) 光迷 これ、最近実感しています。テレビ見ていて、芸能人の名が出ないのはともかく、政治家でも、あの人の名前なんだったか、なんて。 てる夫 衣被(きぬかつぎ)というと飲み屋を思い出す。須藤さんの言ったこと、実感ですよ、これは。 正裕 おっしゃった通り。それに願望も入っているんじゃないかと……。衣被をむくとツルっと出ますよね、つまり、ああいう風に言葉も出てこないかなという(笑い)。            *           *  上五と中七で、自分の思いや置かれた状況をしみじみと詠み、下に「衣被」をつけると俳句が出来上がるという。これもその一例か、と思ったが、そんな定型的な作り方ではないとすぐに悟った。この句には何よりユーモアがある。笑いながら老境を迎えよう、というのが一句の示すところだろうか。上記の各コメントにも、わが身を語り、わが身を笑う、という余裕が見えている。(恂)

続きを読む