かなかなや疎開の寺の混ぜご飯   井上 啓一

かなかなや疎開の寺の混ぜご飯   井上 啓一 『この一句』  太平洋戦争末期、大都市の国民学校児童を空襲から守るために地方の農山村に集団で疎開させた。受入れ施設には主としてお寺や旅館が充てられた。疎開させられたのは3年生以上だった。当時の子どもたちは精神的には早熟だったが肉体的には栄養不良でひ弱な子が多く、1、2年生で親元から引き離すのは無理と判断されたのだろう。  学童疎開の子どもたちは、始めのうちこそ気が張っていて勇ましいが、しばらくすると家が恋しくなって、夜間消灯後にめそめそするのが出て来る。陰湿ないじめもある。引率教師の中に時には変なのがいて、6年女生徒の身体検査をしつこくやって戦後問題になったこともある。  唯一の楽しみは食事時間。「混ぜご飯」と言っても今日の五目寿司とかかやくご飯などではない。米不足を補うために豆粕、芋、大根などを入れた妙な臭いのする飯だ。それを疎開児童たちは懸命に掻っ込んだ。この時ばかりは喋り声すらしない。かなかなの声が静かな本堂にしみ通る。「無条件降伏」の玉音放送が流れるまで、あと数日である。(水)

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