朴の葉の日影は広しバスを待つ   澤井 二堂

朴の葉の日影は広しバスを待つ   澤井 二堂 『季のことば』  日陰(日影、日蔭)はお日様が照ってさえいれば、何かそれを遮るものの下には必ず出来る。だから一年中日影はあり、何も夏場に限ったことではない。それなのに俳句では「夏の季語」になっている。何故か。それは夏こそ日影を最も好ましいと感じるからである。「涼し」を、実際に涼しくなってくる秋の季語とせずに、夏のものとするのと同じ気持であろう。  夏の太陽が西に傾き始める午後二時、三時頃、気温は最も高くなり、地面は照り返しで火を噴くようだ。そんな時、道の西側には家や塀や木の陰で黒々とした帯ができる。歩行者は吸い寄せられるようにその陰の中に入って少しほっとした表情を浮かべる。これが「片蔭(かたかげ)」。単に「日陰」というよりなんとなく俳句らしい感じがするので、この季語の方が人気がある。  この句はあの大きな葉の朴の木陰だというから、ずいぶん頼もしい日影である。道の脇に朴の大木があるとはずいぶん贅沢な、多分、山村のバス停だろう。これなら涼風になぶられながら一時間くらい待たされても怒らないだろう。(水)

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