朝顔のまだ見ぬ色に水をやる    佐々木 碩

朝顔のまだ見ぬ色に水をやる    佐々木 碩    『合評会から』(日経俳句会) 正 水をやりながら、どんな色が出るのかな、と期待を込めたところですね。 正裕 朝顔の色は植えた時から大体、分かっているんですが(笑い)。でもロマンですね。楽しみにしている気持ちがよく出ているなと思いました。 淳 朝顔に水をやる、というのは当たり前ですが、「まだ見ぬ色」がかっこいい。 臣弘 分かりやすい句だけれど、出来すぎというか、ちょっとわざとらしくないですか。 水牛 つぼみで何色か分かっちゃうし、むずかしいところです。 青水 種袋の写真で想像できますね。でも水をやり、育てているときは、生命の神秘を感じざるを得ない。               *         *  朝顔の「まだ見ぬ色」、その色に「水をやる」という表現に議論が集まった。わざとらしさを感じた人もいた。しかし、うまく詠んだものだ、と思う。どんな色に咲くか、予想はついていても、やはり気になってしまう。実際の色を見るまでは、まだ見ぬ色なのだ。(恂)

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