抜け殻も声を合はすか蝉時雨   澤井 二堂

抜け殻も声を合はすか蝉時雨   澤井 二堂 『この一句』  この作者は台東区谷中という俳句作りには理想的な環境に住んでいる。南は上野の博物館や動物園があり山を下れば不忍池、東は子規庵の根岸から日暮里、北は西日暮里、田端、西は根津、千駄木をまたいで本郷。どこをあるいても句材に事欠かない。「あまり多いのも困ったものです」などと贅沢を言っている。  この句は間違いなく上野公園であろう。東京芸大か東京国立博物館の周辺か、あるいは東照宮あたりか。とにかくこのあたりの蝉時雨というものは物凄い。木下蔭のベンチに10分も腰掛けていると、催眠術にかけられたようにぼうっとして来る。  一体全体何万匹の蝉がいるのだろう。到底答えが出そうもない疑問をつぶやきながら近くの木を見上げる。目が慣れてくるにつれて蝉が見えるようになる。あそこにも、あの枝にも・・、そして鳴いている蝉と同じくらいの蝉の抜け殻(空蝉)が見つかる。どれもこれも幹にしがみついて、まるで生き返ったように鳴いている。(水)

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レース着てさらり棘さす会話かな   水口 弥生

レース着てさらり棘さす会話かな   水口 弥生 『この一句』  ブラウスかドレスか、上等なレースである。昔は有閑マダムという言葉があったが、今はなんと言うのか。とにかくあくせく働かなくても、まずまず余裕のある暮らしが出来る中年から老年にかかる女性だろう。昼下がりの喫茶店か、美容院か、この句は女性の談笑風景を活写している。  会話は、展覧会や音楽会、ファッション、クルージングに行って来た土産話、レストランや割烹料理店の品定めなど、あちこちに飛ぶ。誰かが語れば誰かが応じ、別の誰かがちょっとした異議をはさむ。「あら、あなたそうじゃないの」「別に違うとは言わないけど、○○さんは先日それと反対のことを言ってらしたわ」──どうということのないやり取りが延々と続く。  その間に、相手の衣装、化粧、アクセサリー、持ち物を十二分に観察、あげつらうべき何ものかを発見する。そしてさりげなく、甘い砂糖菓子のような表現で、グサリ核心を突く寸言を飛ばす。恐ろしい話をそれこそさらりと言ってのけた、まことに都会的な、洒落っ気たっぷりの愉快な俳句である。〈水〉

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昼顔や貯水池の水零れをり   原 文鶴

昼顔や貯水池の水零れをり   原 文鶴 『この一句』  昼顔は朝顔より小ぶりで、淡紅色の可憐な花が好ましい。お日様が完全に昇るころ咲き出し、日中一杯咲いているからこの名がついた。同じヒルガオ科で中南米原産の夜顔は、大きな白花を夜中咲かせる。夜顔よりちょっと早く咲き出す夕顔はウリ科のつる性植物で、花後に大きな丸い実が生って干瓢の原料になる。  朝、昼、夕、夜と揃った中で、昼顔だけが野性のままで、園芸品種が作られないのはどうしたわけか。調べてみたがその理由はついに分からない。ただ、昼顔は妙に改良されて植木鉢に納まるよりは、路傍にさりげなく咲いているのが似つかわしいようにも思う。  この句の貯水池は大きなダム湖ではなく、昔からある池のような感じがする。ただし貯水池だから一応は石垣やコンクリートの堰堤なども見え、その裾に昼顔が一叢をなして花咲かせている。古びた堰堤からは水がちょろちょろ洩れ出している。世は事も無し、といった感じの田園の昼下がりである。なんの変哲も無い句だが、のんびりした気分に浸れる。やはりベテランならではの句である。(水)

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深呼吸して朝顔の開きけり   直井 正

深呼吸して朝顔の開きけり   直井 正 『季のことば』  朝顔は俳句を作る上では厄介な花である。多くの人が朝顔を夏の季語と考えており、実際7月から咲き始めるのもある。しかし、歳時記では旧暦7月の花、つまり「秋」としている。  明治5年12月、暦が月の運行を元にした旧暦から太陽を基準にした新暦に変わった際に、江戸名物朝顔市は以前のまま7月7日を中心に開催することにした。そのため「朝顔市」は夏の季語、しかし「朝顔」は秋の季語とされた。確かに朝顔は8月が最盛期なのだが、最近は品種改良によって早く咲くものがたくさん出て来て、「なんで秋なの」という声が上がるようになった。  歳時記上の混乱はさておき、朝顔はとにかくこの暑いのによくもまあ涼しげに咲いてくれる。なよなよと弱そうに見えるが芯は強そうだ。毎朝次から次へと、霜の降りそうな時期まで咲き継いで行く。咲く瞬間は実に健気な感じである。ねじれた細長い蕾のねじれがだんだんほどけて行くにつれてふくらみ、やがてほっと吐息をつくように開く。まさに「深呼吸して」の表現がぴたりである。(水)

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表札は昔のままに魂迎          広上 正市

表札は昔のままに魂迎          広上 正市 『合評会から』(日経俳句会) 光迷 わが家がまさにこれなんです。父母が亡くなって十年以上経ちますが、あえて古い表札を外す必要もない、と思いましてね。近所にもこういう家が多いですよ。いいところに目をつけました。 光久 父親を亡くしたのでしょうね。一家のお父さんを偲ぶ気持ちが出ている。 明男 両親や祖父母の魂が間違って他の家に行かないようにと願う作者の優しい心が伝わってくる句です。 大虫 私は夫を亡くした女性の句かなと思いました。女所帯と知られるのが嫌で、表札をそのままにしている。防犯の意味もあるんじゃないですか。 水牛 私も同じように受け取った。奥さんが「あなたの家ですよ」と語りかけているのかも知れない。 正市(作者) 近くのおばあさんが、亡くなったご主人の表札をそのままにしていいましてね。聞いてみたら、大虫さんのおっしゃたようなことで、これはいただきだと(笑い)               *       *  元新聞記者の取材精神が生きた句、と言えよう。見習わなければならない。(恂)

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つひに夫婦二人となりて苧殻焚く     鈴木 好夫

つひに夫婦二人となりて苧殻焚く     鈴木 好夫 『この一句』  ついに夫婦二人となった、という状態をどう解釈するか。親、兄弟、子供もなく、天涯夫婦だけとも考えられるが、子供たちが次々に独立し、二人だけが家に残った、と見るのが普通だろう。淋しいけれど、ほっとしたような感じを抱きながら、苧殻(おがら)を焚いているのである。  東京近辺に住んでいると、お盆はちょっと厄介だ。町の商店などでは七月に盆行事に用いるものを売り出すが、八月に田舎に帰って、“本当の”お盆をする、という家もあり、門火を焚くのは少数派になっている。しかも七月の何日と、しっかり決まっているわけではないから、迎え火も送り火も、「今日だったかな、明日かも知れない」などと毎年、迷わされてしまう。  「お向いは迎え火を焚いていますよ」と妻に言われ、「そうだったか」と腰を上げる夫もいるに違いない。玄関の前で門火の用意をしながら、子供たちはやりそうもないな、と考える。先祖から引き継いできた我が家の行事が絶えるかも知れない。「ついに」には、そんな気持ちも含まれているのだろう。(恂)

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燐寸擦るわが手の老いや盆用意      嵐田 啓明

燐寸擦るわが手の老いや盆用意      嵐田 啓明 『合評会から』(日経俳句会) 博明 燐寸(マッチ)擦る手を見て老いを感じたとは、うまいこと見つけましたね。 紘 こういう手がありましたか。上手な句です。 正 そうですね。この句は何と言っても、目の付け所ですよ。 大虫 燐寸を擦るときには手を見ちゃう。レトロな燐寸と盆という組み合わせですね。 臣弘 燐寸の炎で照らされた手を見る――。私のことかと思いました。 反平 しかし燐寸つけるとき手を見るかな。うまいとは思うが、ちょっと作った感じがしました。 二堂 年取ると擦るときに手が震える(笑い)。手の動きに老いを感じた、というのでは? 水牛 苧ガラに火を点けたところの感じだが、そうだとすると盆用意じゃないですね。 啓明(作者) 線香を新しくしたりするのも盆用意かなと思いまして。 操 亡き人の御魂を迎える準備も整い、蝋燭か線香を灯したのでしょう。様々な思いが感じられます。 (恂)

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髪束ね盆のあいだは嫁となる       池村実千代

髪束ね盆のあいだは嫁となる       池村実千代 『この一句』  旧家の長男に嫁いだ人だろうか。義父母は健在だが、同居ではなく、近隣の家に住んでいる、という状況を想像したい。子供たちは大学生や高校生になった。もう手が離れているから、自由な日々を送っている。仲間との食事会、デパートへの買い物、それに月に一度の俳句会などなど。  しかし盆が来ると様子は一変する。夫の弟、妹の一家がどっと実家にやってくるのだ。とはいえ、やれやれ、という気持ちにはならない。この際、長男の嫁として大きな働きぶりを示し、一族の仕切り役を果たしたい、と考えている。二日も前から義父母の家に行き、部屋の片付けからご馳走の仕込みまで、準備万端怠らない。そのような嫁の気合いが「髪束ね」の一言で見事に言い表されている。  サッカーの澤穂希選手や背泳の寺川綾選手らは髪の毛を長く伸ばしている。ただしそれはおおよそリラックスしている時であり、戦いに臨む時はもちろん髪を後ろに束ね、あるいは水泳帽の中にまとめている。この奥さんも同じことなのだ。盆こそが年に一度のオリンピックなのである。(恂)

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卒寿翁証言無惨敗戦忌   高瀬 大虫

卒寿翁証言無惨敗戦忌   高瀬 大虫 『この一句』  八月十五日が近づくとテレビはいろいろな戦争特集番組を放映する。日本が完膚無きまでに叩きのめされた第二次大戦。中国大陸で、東南アジア諸国で、南太平洋で、千島樺太で戦った日本軍兵士の多くは死に、辛うじて生き残った人も今や八十代半ばから九十代ということで、年々数を減らしている。  戦争は人間の愚かさがぶつかり合い、恨み憎しみが積み重なって爆発した結果である。勝っても負けても、後になってみればその愚かさに気づくのだが、戦争勃発に至る過程ではほとんど誰も気づかない。  そういう戦争を起こさないためにも、戦場に駆り出されて辛酸嘗め尽くした生き残りの話を聞く必要がある。この人たちは嫌な思い出を何とか忘れようと戦後を生きて来たせいか、おしなべて寡黙である。しかし長年月たち、堅い口をようやく開く人も出て来た。聞くだに恐ろしい、無惨な話ばかりである。  漢字だけの句は衒気が鼻につき良いものは極めて稀だが、この句の場合はごつごつした詠み方が、中身に合って、特殊な効果を発揮している。(水)

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だんまりの八百屋のおやぢ夏の果て   高橋 楓子

だんまりの八百屋のおやぢ夏の果   高橋 楓子 『この一句』  「夏の果」という季語は七月末あたりから八月第一週の立秋直前までを言うのだが、実際は立秋を迎えたあとの十日間くらいが一番暑さを感じる頃合いである。すなわち「残暑」。今年はこれがことのほか厳しい。というより七月からずーっと暑さが続いて身体がかなり弱っているところへ、きつい残暑でダメ押しされたような恰好なのだ。  猛暑にやられるのは人間ばかりではない。野菜もひどい打撃を受けている。葉物は暑さと乾燥でごわごわになってしまう。胡瓜、茄子、トマトなどは花の咲き具合が悪くなり、たとえ実っても曲がったり尻がすぼんだり、割れたりの出来損ないが多くなる。当然、市場は品薄になり値が高くなる。そうなると八百屋の店頭の売れ行きが鈍る。売れ残りはこの暑さですぐに傷んでしまう。八百屋のオヤジが仏頂面になるのもむべなるかなである。  むっつり黙り込んだ八百屋を通して、「もういいかげんにしてよ、この暑さ」とぼやく作者の姿が浮かんでくる。(水)

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