白南風や逃げ足早き磯の虫   嵐田 啓明

白南風や逃げ足早き磯の虫   嵐田 啓明 『この一句』  七月句会の兼題「白南風」は、イメージがくっきり描ける季語だからか、佳句が輩出した。この句は浜辺の情景をそのまま詠んで白南風の雰囲気を描き出した写生句である。「船虫がささっと走る。梅雨があがって堤防に出てみるとこういう風景がよくある。気持の良い風と、逃げ足早い虫を組み合わせて、さあ夏が来たという感じをうたっている」(大虫)という句評がこの句の良さを言い尽くしている。  逃げ足が早い磯の虫と来ればフナムシをおいて他にはあるまい。庭の隅によく見かけるワラジムシやダンゴムシに長い髭と二対の尾を付けたような、なんとも気持の悪い恰好をしている。海岸の岩礁や漁師小屋、引き揚げられた船、桟橋の木の割れ目などにいて、うっかりして数百匹かたまってモゾモゾ動いているのに踏み込んでしまったりすると気も動転する。しかし、フナムシは別に悪さはしない。海岸に打ち寄せられる海藻や小魚の死骸はもとより、あらゆるゴミを食べ尽くす浜辺の清掃係である。梅雨が明けて本格的な夏、フナムシだって懸命に食べて栄養つけて、子孫繁栄行為に勤しむ時期なのだ。(水)

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白南風や干物ほどよき塩加減   須藤 光迷

白南風や干物ほどよき塩加減   須藤 光迷 『合評会から』(日経俳句会) 碩 よく伊豆に行くんですけど、干物は今のシーズンが一番いいですね。「白南風」と「塩加減」がぴたりです。 庄一郎 白南風は海の近くを連想します。塩加減を「ほどよき」と詠ったのがよかったですね。 青水 白南風・干物・塩加減の三つで晴れやかな夏がやってくる。 頼子 海辺で干物が白南風にちょうど良い加減に干されて、うまく出来上がっている景が見えました。           *  梅雨明けの心地よい海辺の景色が眼前に浮かぶ。まことに気分のいい句だと句会で好評を博した。原句は「白南風に」だったが、「や」とした方がいいとの意見が出てこう直った。確かに、「に」では白南風が吹いたから、ちょうど良い塩加減になったということになる。白南風が干物を干し上げる単なる扇風機のような役目だけに終わってしまう。切れ字の「や」でぐんと景色が広がる。(水)

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土用干しセピア色なり毛語録      岡田 臣弘

土用干しセピア色なり毛語録      岡田 臣弘 『この一句』  土用干しは夏の土用の時期に衣服、書物などを日光に曝(さら)し、中に潜む虫を追い出すこと。この句の場合は土用干しの一つの曝書(ばくしょ)ということになる。書棚からたくさんの本を庭に持ち出して並べたら、その中に毛沢東語録(毛主席語録)を見つけた、というのである。  セピア色はもともと、烏賊(いか)墨を原料にした黒褐色のことだった。やがてモノクロ写真が歳月の経過とともに茶色っぽく変色した色をも指すようになり、今では古くて懐かしいものを表す代名詞となった。作者は日に曝した毛語録を見て、懐かしいなぁ、とつぶやいたのだろう。  毛語録は中国の書店の棚からすでに姿を消している。この書をシンボルとして巻き起こった文化大革命が国家から否定され、今では古本屋にあるかどうか、という状態である。大革命の終焉から三十五年、あのころの紅衛兵たちや赤い表紙の毛語録はどこに行ったのだろうか。作者は長らく中国を取材してきたジャーナリスト。毛語録への思いを「セピア色」の一語に込めたのである。(恂)

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白南風や球児の声に砂ぼこり      加藤 明男

白南風や球児の声に砂ぼこり      加藤 明男 『この一句』  夏の全国高校野球選手権の予選はいよいよ大詰め。各地の強豪チームが続々と甲子園への名乗りを上げている。この時期、戦いの場は炎天下、グラウンドに芝は少ない。投げる、打つ、走る、滑り込む。プレーの一つ一つにほこりまみれが付きまとい、高校球児もさすがに「爽やか」とは言い難い。  元気のいい掛け声がグラウンドを飛び交うのも高校野球の特色である。ありったけの声を振り絞り、味方を、自らを鼓舞し、相手を圧倒しようとする。時にどっと風が吹き、ほこりが巻き起こるが、声がやむことはない。作者はそんな状況を、スタンドの高いところで見守っているようである。  白南風には、明るい、心地いい風、とい語感がある。しかし梅雨明け後の猛暑の中、ほこりを巻き上げるとなれば話は別。白南風という語の「本意」から離れるのもやむを得ない。和歌、連歌、俳句の世界では歴史的に言葉の本意を重視されてきた。その一方で、「時には本意に逆らってみるべき」との考えも繰り返し述べられている。この句はおそらく、有りのままを詠んだ“実験句”なのだろう。(恂)

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白南風や漂流中の魔法瓶        大熊 万歩

白南風や漂流中の魔法瓶        大熊 万歩 『この一句』  魔法瓶がぷかぷかと浮かびながら、太平洋を漂流しているのだ。内側と外側の間が真空になっているから見かけより相当軽い。中に水が入っていたとしても沈むことはない。どこかの海岸に漂着しなければ、さまよえるオランダ人のように、身の滅ぶまで漂流を続けることになるだろう。  東日本大震災の津波で海に流されたものが、一年余りたって米国やカナダの西海岸に漂着するようになった。サッカーやバレーのボールだけでなく、大型のバイクや長さ20辰良發桟橋までが太平洋を横断して行った。魔法瓶もその仲間なのだろうか。そうかもしれないし、そうでないかも知れない。  いま魔法瓶は白南風に乗り、北に向かっている。椰子の実のように日本の岸に流れ着いたとしても、古い魔法瓶はゴミ扱いになるほかはない。もし黒潮に乗って千島方面に向ったらどうだろう。北太平洋、米国西海岸の緩やかな海流に乗り、南太平洋に向かう可能性もあるらしい。するといつまでも、太平洋をぐるぐると回ることも……、ああ魔法瓶よ! なんてことまで考えてしまった。(恂)

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白南風や帽子に長き白リボン      流合研士郎

白南風や帽子に長き白リボン      流合研士郎 『季のことば』  白南風は梅雨明けの後に吹く南風のことで「しらはえ・しろはえ」と読む。梅雨明け前の南風は黒南風(くろはえ)と呼ばれ、今年のように梅雨時に南風が吹き荒れると荒南風(あらはえ)となる。黒南風も白南風も四国・九州地方などの漁師言葉だったらしいが、俳句の季語として定着した。気象予報士の解説に時々登場するので、「春一番」のように一般語になっていくかも知れない。  湿った黒南風と乾いた白南風である。風に対する皮膚感覚は梅雨明けともに一転し、俳句作品も軽やかになっていく。この句、少女の帽子を詠んでいるのだろう。丸い山形で、日よけのつばがぐるりと広いストローハット。つばの上に巻かれたリボンは長くてひらひらしている。  作句上の問題点はリボンの色であり、この場合は、明るい色を選びたくなる。ピンク、黄、青でもいけそうだが、やはり白だろう。ただし白南風と白リボンの“色合わせ”では陳腐である。昔の漁師たちが海風に「白」を感じたのと同じセンスで、作者も白色のリボンを選んだのだと思う。(恂)

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白南風や麻のクロスにミントティー   池村 実千代

白南風や麻のクロスにミントティー   池村 実千代 『合評会から』(日経俳句会) てる夫 麻のテーブルクロスにミントティー、まさに白南風にぴったりだなあと感じ入りましてね。 庄一郎 素材がいいですよねえ。ロマンチックだし、こういう風景いいですよねえ。 正市 とてもきれいで、気持のいい情景で・・。こういう句、作りたいと思ってもなかなか作れないですね。           *  これはなんとも洒落た、フランス絵画でも見るような句である。もっとも、ファミリーレストランに飾ってあるような、軽い調子のパステル画のような感じではある。正市氏が「作りたいと思ってもなかなか作れない」と正直なところを述べたが、確かに引退老人の句ではない。恵まれた中流家庭のティータイムの団欒に白南風を吹かせば、まさにこういう句になるだろう。(水)

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キュウリ噛む鼻の奥まで夏となる   高橋 淳

キュウリ噛む鼻の奥まで夏となる   高橋 淳 『合評会から』(日経俳句会) 昌魚 胡瓜を噛んで鼻の奥に抜ける匂いに夏を感じる。確かにそういうことありますが、「鼻の奥まで夏」という表現が素晴らしいと感心しました。 万歩 胡瓜を身体全体で味わったような感じが出ていて、そのインパクトに打たれました。 正 この感覚がいいですね。 睦子 こういう詠み方は素敵だなあと思いました。           *  胡瓜をカリッと噛むと、ちょっと青臭い新鮮な香りが鼻に抜ける。その瞬間をそのまま句にした。採り立ての旬の味を封じ込めたような句である。こういうことを即座に5・7・5にする感性が素晴らしい。「鼻の奥まで夏となる」というフレーズはこねくり回した挙げ句に出来上がったものではなく、胡瓜を囓った瞬間に出て来たのではなかろうか。いやいや苦心の推敲の結果ですというのなら、熟考の上でこんな活きのいい文句を捻り出す腕前に感服。(水)

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荒城に迫る湿舌暴れ梅雨   堤 てる夫

荒城に迫る湿舌暴れ梅雨   堤 てる夫 『季のことば』  今日17日、関東から四国にかけては梅雨が明けた。しかし12日から豪雨続きの九州は、台風7号が近づきこれから19日にかけて断続的に豪雨に見舞われそうだという。これも「暴れ梅雨」というものの一種なのかも知れないが、それにしても今年の九州北部は気の毒だ。  テレビの天気予報を見ていると、この十日間ほどは毎日似たような天気図で、九州から山陰にかけて前線が停滞し、傘マークが張り付きっぱなしだった。日頃「難しい話は苦手よ」と言ってるおばあちゃんが、「湿舌」とか「フェーン」などという難しい気象用語を口にする。  滝廉太郎が「荒城の月」の曲想を得た岡城のある大分県竹田市も「これまでに経験したことがないような豪雨」(気象庁発表)に襲われ、大きな被害を受けた。「荒城に迫る湿舌」という、俳句には少々どうかと思われるような固い言葉だが、今年の暴れ梅雨にはまさにぴったりの表現である。(水)

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もくもくと吊橋渡る毛虫かな   片野 涸魚

もくもくと吊橋渡る毛虫かな   片野 涸魚 『合評会から』(酔吟会) 反平 吊り橋は大きい、そこを小さな毛虫が渡って行く。いいところに目をつけた。「もくもくと」がいい。 正風 遠景と近景の対比ね。吊橋の向こうに山や空が広がって、下には川が、そして目の前には毛虫がね。ただぼくは「もくもくと」にちょっと引っかかった。もっと別の言葉の方が良かったんじゃないか。 正裕 「毛虫かな」を「かたつむり」に置き換えても成立するんじゃないかと思いましたが、やはりこれがいいかなと。吊橋を持って来たところが景が広がってとてもいいですね。 恂之介 なんと言っても面白い句。「もくもく」もまあいいんじゃないかな。           *  作者は東京郊外の自宅近所に借りている貸農園へ行く途中の吊橋で、この毛虫に出会った。「もくもくと」背中を上げたり下げたりして歩いている。やはり「もくもくと」は毛虫の歩く様子を言うにふさわしい。「お前、そんな具合じゃいつになっても向こう側に着かないぞ」。毛虫はただ黙々と歩む。(水)

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