よみがへる六角堂や夏木立   三好 六甫

よみがへる六角堂や夏木立   三好 六甫 『この一句』  六角堂というのは全国各地にあるが、今日、「よみがへる六角堂」と言えば、茨城県五浦海岸にある岡倉天心ゆかりの六角堂を措いて他に無い。明治38年(1905年)、天心は「日本美術の真価と日本人の心を広く世界中に知らしめる」と、北茨城の太平洋に面した絶壁の上に日本美術院を作り、横山大観、下村観山はじめ日本美術の俊英と共に移り住んだ。そして総帥は波濤の打ち寄せる巌上にわずか10㎡ばかりの六角の小屋を設けて瞑想に耽った。  長い間、日本美術の聖地とされ、そのシンボルとも見なされてきた六角堂だが、昨年3月11日の東日本大震災の大津波で跡形も無く消え去った。天心の旧居をはじめ日本美術院跡地、「亜細亜は一つ」という天心の言葉を刻んだ石碑などは残っているが、シンボルが失われてしまったままの園内は何とも淋しい。大震災から一年後、持主の茨城大学が昔の設計図通りに六角堂を元の巌の上に建て直した。夏木立をくぐり抜けると、六角堂がまさに大海に溶け込むように坐っている。復興を祝し、心洗われる一句が自ずと生まれた。(水)

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