谷越えてなほも飛びゆく落花かな      田中 頼子

谷越えてなほも飛びゆく落花かな      田中 頼子 『この一句』  俳句の師・村田英尾先生の墓参を兼ねた小吟行での作。場所は墓所に近い東京・八王子市の多摩森林科学園である。日本全国の有名な桜の遺伝子を保存するために作った森林園だから、種類の異なる桜が次から次へ現われ、いくら見ても見飽きることがない。説明書によると二百五十種、千五百本。二月下旬から五月上旬まで、さまざまな種類の桜が咲き続けるという。  山あり谷ありの地形で、「吉野に似ている」という人が多い。ちょうど染井吉野の散る時期だった。風が吹く度に桜吹雪が湧き起り、花見の人々の歓声も湧き上がる。作者は園内の高所から、落花の飛び行く方をじっと見定めていたのだろう。一群の花びらが帯のようになって谷間を越えて行く。  普通なら、そのあたりで目を離してしまう。さらにその先となると誰もが「どうだったかな」と首をひねるはずだ。しかし作者はその先を見ていた。視線の先にあるのは此岸(しがん)か彼岸か。僧籍を持ち、師の墓前で朗々と経を読み上げた彼女に、落花の行方について聞いてみたいと思う。(恂)

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