白玉や女同士はむずかしい        星川 佳子

『勉強会から』 白玉や女同士はむずかしい        星川 佳子  日経俳句会の「勉強会」では、その場で俳句を作る「席題」を始めて先日が二回目。題を決めてから、十五分で二句作るのだからたいへんだ。この日は歳時記をパッと広げ、題を「白玉」と決めた。作者は仕事が延びて会場に来る途中だったが、携帯で題を知らせて十分後、にこやかに現れた。  席につくや否や作者は短冊に二句をさっと記入。その早技に驚いていたら、上掲の一句が大量票をあつめて断然たる最高点になった。唖然とする仲間に彼女は言った。「下の言葉(中七下五)は前に考えていたものです」。「女同士はむずかしい」のフレーズが前もって頭の中にあり、「白玉や」を上に置いただけ、というのだ。早技だけでなく、彼女の正直ぶりにも、びっくりである。  俳人はこのような作り方をよくやる。ただそれをあからさまに言わないだけのことだろう。この日は作者の“白状”によって座が盛り上がった。みんなで、いろいろな季語をこの句の上五に置いてみたが、なかなか上手くいかない。最高点句は「白玉」という季語に出会って誕生した、という結論になった。(恂)

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老鶯のすぐ傍にゐて鍬振るふ       廣上 正市

老鶯のすぐ傍にゐて鍬振るふ       廣上 正市 『季のことば』  「老鶯(ろうおう)」という語がどうもしっくりこない。なにしろこの時期、鶯は元気いっぱいなのだ。山とか高原で一日を過ごすと、高らかな鶯の鳴き声ばかりで、うんざりするほどである。老鶯は元来、漢詩にあった言葉だそうだが、有難がって日本の鶯に適用することもなかった。  鶯は幼鳥期を超えたら数年は生きるようで、寿命八年説もある。つまり「老」と呼ぶには若々し過ぎる鶯がたくさん混ざっているのだ。しかも初夏には町中から山に移動して虫の類をいっぱい食べ、精気満々となって恋愛・抱卵の時を迎える。くどいようだが、これでも「老鶯」なのだろうか。  句の作者は退職後間もなく、海山に近い場所に居を移し、“農業”にいそしんでいる。畑は家庭菜園レベルをはるかに超えた広さだという。一句によって、夏の鶯を間近に聞きながら畑を耕す様子が目に浮かんでくる。先日の暴風雨で、作物は甚大な被害をこうむったそうだが、負けてはいられない。今日も汗を流しながら、老鶯のごとくエネルギッシュに、鍬を振るっているのだろう。(恂)

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大川の風懐に初鰹            横井 定利

大川の風懐に初鰹            横井 定利   『この一句』 正市 新鮮な詠み方とは言えないが、語呂がいいし、雰囲気もある。芝居がからんでいそうですね。 てる夫 初鰹を食するにあたっての舞台がそろっている。 青水 句の姿がいい。歌舞伎の世界のようで、声を出して読んでもいいが、この句を選ぶのは男だけかな。 正 大川(隅田川)の風懐に……。料亭ですか、遊船かな。時代物風ですが、いいですねえ。 智宥 しかしねぇ、和服でしょう。大川端を歩いて初鰹。こういうの、いま現実にあり得るの?  恂之介 現実にあるなしはともかく、形のよさを評価したい。 水牛 形がよすぎるというところかな。偉大なるマンネリ句だ。 定利(作者) しかし、どうして料亭とか粋とかになっちゃうのかな。大川の近くに、こんな風景、いくらでもありますよ。スーパーで鰹を買ってきて、四畳半の部屋で、ニンニクでいこうか、とか。とはいえ、作ってみて古いと思いましたね、オレ自身。(恂)

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夕立や広重描く人となり   久保田 操

夕立や広重描く人となり   久保田 操 『この一句』  言うまでもなく広重の「名所江戸百景」のうち「大橋あたけの夕立」を踏まえた句である。この絵は浜町から対岸深川の幕府の籾蔵前にかかっていた新大橋(現在の位置よりは200㍍ほど下流)の夕立風景を描いたもので、画面下三分の一を大胆に横切る橋と、対岸の安宅(あたけ)と呼ばれる岸辺の線が区切った三角の空間が満々と青い水をたたえた隅田川という構図。画面上方は黒雲に覆われた空。そこから降って来る驟雨の黒い線が、傘をすぼめ裾をからげて橋上に右往左往する人たちを叩く。この斬新な構図と生き生きとした人の動きに感動したゴッホがこれを懸命に模写した絵が残っている。  夕立は初夏から晩夏まで夏中を通しての季語ではあるけれど、まあイメージとしてはむくむくと盛り上がる入道雲とともに、七月から八月にかけてのものである。ところが今年のお天気はことのほか荒っぽく、五月に入って立夏を迎えるころから雷や雹を伴った夕立がしばしば訪れた。広重描く人物があちこちに輩出する大騒ぎである。(水)

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屋外に椅子を持ち出す夏はじめ   大下 綾子

屋外に椅子を持ち出す夏はじめ   大下 綾子 『この一句』  きのう今日の日中汗ばむような初夏の感じを素直に詠んでいる。晴れ渡り、そよ風が吹いている。ディレクターズチェアと言うのだろうか、キャンバス張りの折りたたみ椅子をベランダに出して、それに身をゆだねる。あれこれ考えなければならないことはいくつかあるのだが、一時、それらを忘れて、何も考えずに目をつむる。あくせくしていた自分がおかしく思えるような、伸び伸びした気分に浸る。  もしかしたらこの句はそんな意識は何も無く、ただ気持の良い初夏を迎えたから、家の外に椅子を並べたということを詠んだだけなのかも知れない。  それはどちらでもいいだろう。とにかく、初夏という季節は椅子を家の外に持ち出すような気分にさせるものなのだ。句会では「屋外に」という言い方がちょっと固くて違和感を抱くという意見があった。確かに「ベランダに」とか「庭先に」などと言った方が読む者の頭にすっと入って来るかも知れない。そういう二次的な表現に対する注文はつくかも知れないが、まずは「初夏」の気分を素直に表した佳句として称揚したい。(水)

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頭髪も生垣並みや夏初め   堤 てる夫

頭髪も生垣並みや夏初め   堤 てる夫 『季のことば』  この句の季語は言うまでもなく「夏初め」だが、実はもう一つ「剪定」という季語が隠されている。桃、梨、ミカン類などの果樹や庭園樹、生垣などは芽吹きが盛んになる晩春から初夏を控えた頃に、徒長した枝や混み合ったところを刈り込む。こうすることで新たな芽吹きを促し、実つきを良くするのだ。だから「剪定」は春の季語なのだが、さっぱりした姿を眺める頃はもう初夏である。  この句はかなり複雑なことを詠んでいる。五月初めの夏を迎えた時期を言い、刈り込まれてすっきりした生垣を眺め、夏らしく思い切って短くした自らの頭髪を述べて、颯爽たる気分をうたいあげた。普通ならきちんと刈り込まれた生垣を描写するに留め、それに夏初めという季語を添えて一句に仕立てる。その方が上品で行儀の良い句になる。それを、「頭髪も生垣並みや」と弾む気持まで盛り込んでしまった。俳句作法としては冒険だが、これで単なる抒景句が叙情句になった。この欲張りが俳諧味になっている。(水)

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初鰹今朝の今朝まで太平洋   植村 博明

初鰹今朝の今朝まで太平洋   植村 博明 『合評会から』(水木会) てる夫 なにしろ鮮度第一の食い物ですからね、それを「今朝の今朝まで太平洋」と言ったところが何とも見事です。 啓明 活きの良さがストレートに伝わって来ます。句も鮮度がいいです。 実千代 私も「今朝の今朝まで」という表現に惹かれました。新鮮さがダイレクトな感じで・・。 碩 ついさっきまで海にいたんだという感じがありますよね。 明美 新鮮さがよく分かる表現で、本当に素晴らしい。           *  何と言っても「今朝の今朝まで太平洋」と断定した気っぷの良さが、初鰹の気分を完璧に伝えてくれる。合評会の皆さんも異口同音にこの活きの良い表現をほめそやした。芭蕉に有名な「鎌倉を生て出でけむ初鰹」があるが、この句はまさにそれの現代版。遠洋で網で獲ったのではなく、一本釣りの堅魚だろう。ただ、魚博士と言われた末広恭雄によると取れたての堅魚はまずくて食えたものではなく、丸一日はたったものが旨いそうである。(水牛)

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新宿に青春の灯あり五月来る       大沢 反平

新宿に青春の灯あり五月来る       大沢 反平 『この一句』  東京六大学野球の早慶戦が近付いてくる初夏の頃、夜の新宿の街に立ち、赤い灯、青い灯を見つめながら、「ああ、わが青春ここにありき」と思う。中高齢者の中には、この句を読んで「そうだなあ。あんなこと、こんなことがあった」と思い出にふける人が、かなりいるのではないだろうか。  何十年も昔のことだ。早慶戦が終わった後の夜の新宿は早稲田の街になった。銀座の慶応に対抗し、この雑然とした大繁華街に早稲田の学生が押し寄せた。OBたちも続々と現われ、学生のグループを引き連れ、呑み歩いていた。他の大学の学生の一人として、私もその渦の中に紛れ込んだこともあったが、我が物顔でのし歩く早大生たちを、腹立たしげに、うらやましげに眺めていたものである。  いま新宿の夜の街に立って見渡すと、最も目につくのが超高層ビル群の灯である。その下にある街の繁雑ぶりは依然とさほど変わらないが、早大生は「草食系が多くなった」とかで、バンカラ風は影をひそめてしまったそうだ。「慶応ボーイ、早稲田マン」なんて言葉は、まだあるのだろうか。(恂)

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卯の花や根岸の里の今むかし       金指 正風

卯の花や根岸の里の今むかし       金指 正風 『合評会から』(酔吟会) 詠悟 根岸は都心に近い落ち着いた場所という印象だが、今、昔という感じになっているのでしょう。 反平 雰囲気ですね、この句は。根岸はいま人気の高い谷根千(谷中、根津、千駄木)から北の方面だが、卯の花は咲いているのかな。 恂之介 「根岸の里の侘び住まい」を踏まえた句ですね。根岸の今と昔を句に作るとしたら、このような詠み方以外にないのではないか。そういう意味で上手い。 水牛 根岸の今と昔の違いを面白がって作っている句ですね。 正風(作者) 根岸で明治の雰囲気を残すのは、子規庵の周辺くらいでしょう。いまはラブホテルばかりだ。 てる夫 そこを通らないと子規庵に行けない。 反平 そうなんですか。これ、時事俳句みたいなものですね。 *             *  JR鶯谷駅から子規庵まで、俳句の聖地に相応しい道路を作ってもらいたいものだ。(恂)

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卯の花を知らずこれまで生きてきし    片野 涸魚

卯の花を知らずこれまで生きてきし    片野 涸魚 『季のことば』  唱歌「夏は来ぬ」で知られる卯の花(別名うつぎ)。しかし、どんな花? と問えば、首をひねる人が多い。垣根として、畑と道の境木として、よく使われていたのは昔の話。都会では、めっきり見かけない植物になっており、知っているようで知らない花の最上位にランクされるのではないか。  植物事典には「初夏になれば、全国いたるところに小さな白い花をつけ」などと書かれている。東京近辺でもちょっとした山に行けば見ることはできるのだが、「これが卯の花だ」と気づく人は少ない。野生の風情の漂う花だけに、山でたまに見かける花だなぁ、程度の認識に終わってしまうようだ。  俳句をやる人なら別、でもないらしい。「卯の花」が句会の兼題に決まってから慌てた人が案外多かった。それらしき花を見つけ、家の人に「これ、卯の花ですか」と訊ねた人がいた。探しあぐねて一万歩を歩いた人もいた。しかし、たいしたものではないか。一つの花が、何人もの人をこれほどに動かしてしまうのだ。卯の花の力? いや、卯の花が兼題になったればこそ、である。(恂)

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