夕東風や遠き岬に灯の点る       前島 厳水

夕東風や遠き岬に灯の点る       前島 厳水 『この一句』  典型的な風景の句である。それだけに類句がありそうだとは思うが、けれん味のない、好感の持てる句であることは間違いない。日本画を見ていてよく思う。同じような風景の作品が何百、何千とあるはずだが、いい絵はいい絵なのだ。俳句もそうなのだろう。いい句はいい句なのである。  作者は鎌倉から江の島にかけての海岸によく出かけるという。ドイツ生まれの奥さんが、このあたりの風景が大好きなので、いっしょに散歩するのである。作者にとっては当たり前の風景だったが、奥さんが「日本の風景は本当に素晴らしい」と何度も言うので、自分もそのことに気づかされたそうである。  昨年のちょうど今頃、ご夫妻はいつものように稲村ケ崎のあたりを歩いていた。日暮の頃で、夕東風が柔らかく吹いている。手前、三浦半島・城ヶ崎の灯りが見え、さらに遠方に房総半島の館山、洲崎と思われるあたりの灯りが、かすかに一つ、二つと点っていったという。その後にドイツ人女性のやっている古いレストランへ――。そんな話を聞いて、この句はもう忘れられなくなった。(恂)

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