冷たくも明日に向かふ春の風   高橋 淳

冷たくも明日に向かふ春の風   高橋 淳 『勉強会から』  日経俳句会の主として入門間もない人が中心になって立ち上げた勉強会。毎月一回のペースでやっているうちに3月で第30回になった。だから常連メンバーは最早初心者の域は脱している。なかなか鋭い意見が出るようになった。  この句の元の形は「冷たくも明日の潜む春の風」だった。「冷たくも」と言うと、「冷たいけれど明日への希望が潜んでいる・・」という理屈っぽさが浮き出してしまう感じだとの疑問が呈示された。それに対して、「冷たいけれど、やはり冬の風とは違うという気分だから、『冷たくも』は必要だ」との意見が出た。さらに、「潜む、というのが良くないのではないか。明日の潜むなどと言うから理屈っぽい感じになる。これを何かに変えたらどうか」という意見。それらを受けて、いくつかの添削例が出された結果、掲出の句に決まった。確かに「明日に向かふ」は「潜む」と比べずっと明るくて、断然いいようだ。(水)

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引き取り手なき瓦礫にも春の雪   原 文鶴

引き取り手なき瓦礫にも春の雪   原 文鶴 『この一句』  東日本大震災から一年たって、被災地の復興は徐々に進んでいるが、問題は2千数百万トンと言われる瓦礫だ。コンクリートの壁や基礎のかけら、木材、ありとあらゆる雑物が入り交じって、被災地のあちこちにある仮集積所に山となっている。これが復興作業の妨げになる。一刻も早く取り片付けたい。しかし、原発事故による放射能汚染が懸念され、燃やすにせよ、埋めるにせよ、引き受けようという所がなかなか見つからない。  被災地にも遅い春が訪れ、ようやく暖かい日々が巡ってきた。しかしまだまだ冬物を片付けるわけにはいかない。ちょっとしたことでぐんと冷え込み、春の雪に見舞われる。春雪は真冬の雪と違ってやわらかく、あらゆるものをふっくらと丸く包み込む。大震災の爪痕である瓦礫もふんわりと覆い隠す。一面真っ白に、全てを忘れさせるように幻想的な景色をもたらすが、翌日になればまた醜悪な顔をのぞかせる。なまじ雪化粧に隠されただけに、再度むき出しになった瓦礫は一層まがまがしい姿に映る。(水)

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靴底に弾み伝へて春の土   今泉恂之介

靴底に弾み伝へて春の土   今泉恂之介 『季のことば』  日経俳句会と番町喜楽会の有志が3月11日に横浜・三渓園へ吟行した。この日は東日本大震災一周年。鎮魂の雅楽演奏会が行われるのと、厳しい寒さで咲き遅れていた梅がようやく満開ということなので十数人が連れ立って出かけた。この句は吟行会の最高点作品である。  吟行句だから、どうしてもその日のメーンイベントの雅楽演奏あるいは満開の梅、帰り支度を急ぐ鴨に注目が集まる。ところがこれは、なんと当日の園内の小径の踏み心地を詠んだ。確かに前夜までの雨で三渓園の土は湿り、柔らかくなっていた。その弾力が靴底を通して歩くたびに伝わって来るというのだ。  「春の土」は伝統的な「春泥」という季語に比べ地味で、作例もそれほど多くない。しかしあまねく舗装道路が普及し、霜どけのぬかるみを言う春泥が珍しくなってしまった今、春のピクニックや吟行などで「土を踏む喜び」を味わう季語として生き返ってきた。この句はまさにそうした意味で「春の土」の作例として歳時記に載るような句だと思う。(水)

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ながながと伸びする春の駄犬かな   嵐田 啓明

ながながと伸びする春の駄犬かな   嵐田 啓明 『合評会から』(水木会) 定利 「春の駄犬」でいただきました。血統書つきの犬が伸び伸びしてると腹が立つけど。駄犬がいいね。上手いと思った。 万歩 「駄犬かな」が効いてますね。駄犬で何が悪いんだという駄犬の自己主張さえ伝わってきます 作者 バカな犬ほど可愛いんですよね(笑い)           *  我が家にも愛すべき駄犬がいた。柴犬とシェパードの雑種という、真っ黒で体型はシェパードだが、尻尾が柴犬のようにくるっと巻いている、なんとも珍妙な姿をしていた。誰にでも愛想良く、いつも寝そべっていて、全く番犬の役目を果たさない。しかし十七年間、この玄太と朝晩散歩していたおかげで健康を保てた。三年前、老衰で死んでしまって以来散歩をしなくなり、今や我ながら見苦しいメタボ腹を嘆いている。「散歩、行きますかあ」と、長々と伸びをする姿が今でも目に浮かぶ。(水)

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卒業の寄せ書きにあるわがくせ字    植村 博明

卒業の寄せ書きにあるわがくせ字    植村 博明 『この一句』  何十年も昔の寄せ書きを取り出し、眺めているのだろう。小学生(中学生かも知れない)にしては上手な字があり、下手な字もある。そんな中、自分のくせ字は一目瞭然であった。私の奇妙な字は、小学校の頃から変わっていないなぁ、という本人の慨嘆が聞こえてくるようである。  とても面白い句だが、問題が一つある。この「卒業」は季語と言えるのかどうか。昔のことを詠んでも、卒業そのもののことなら当然、季語になる。しかしこの句の場合、卒業期とは限らない。寄せ書きが例えば書棚の卒業アルバムに挟んであるなら、夏でも冬でも、簡単に取り出して見ることが出来るのだ。句会ではしばしばこういう問題が提起され、結論を出せぬままうやむやになっていく。  連句に「書割りの月」というのがあり、本物の月を出しにくいときは、画に描いた月を詠んでもいい、とされている。普通はやらないが、場合によっては許される――、江戸の俳諧が生み出した知恵と言うべきだろう。この「卒業」はどうだろうか。句会の雰囲気は「許される」であったと思う。(恂)

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みちのくに生きると決めて卒業歌    今村 聖子

みちのくに生きると決めて卒業歌    今村 聖子 『合評会から』(水木会) 定利 卒業生のがんばるぞ、という決意を感じることができる。普通のケースと違ってこれは、みちのくの学校ですからね。日本も大丈夫だ、と気持ちになった。 正市 テレビでこういう場面をよく見ます。いくらか抒情的な感じのする句ですが、やはり心を打つものがある。素直に受け容れることができますね。 明美 みちのくの復興を担うのは、本当に若い人たちなのだ、と感じさせます。 恂之介 高校の卒業式でしょう。決意を抱いて巣立って行く人たちの顔が見えてくる。震災関係の句はたくさん作られていますが、これほど感じのいい句にはめったに出会えない。 定利 「卒業歌」がいいんだ。「卒業す」では、ちょっと平凡になってしまう。 *                *  この句を見たとたん、看護師、漁師、会社員など、社会人になって行く若い人の顔が浮かんできた。「卒業歌」がいい、というコメントを聞いたとたん、「仰げば尊し」などの歌が聞こえてきた。(恂)

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強東風や発破に耐えて武甲山      加沼 鬼一

強東風や発破に耐えて武甲山      加沼 鬼一 『この一句』  関東の名山の一つ、武甲山はサンゴ礁の石灰岩で出来ている。大昔、プレートの動きに乗って南の海から日本に到着、隆起して、堂々たる山容を現したのだという。そのために豊富な石灰岩を有し、江戸時代は漆喰、明治以降はセメントの原料として掘り続けられ、ついには頂上(三角点)の位置まで変ってしまったというから、びっくりすることばかりだ。  武甲山は今も掘り続けられている。爆薬による破砕によって身は細る一方である。何年か前、西武秩父駅方面から見た時は、依然として貫禄ある山容を保っている印象だったが、やや方角の違う石灰岩採掘場方面からの眺めは、山肌を削り取られたみじめな姿をさらしているという。  この句は上五の「や」で切れるのだろう。しかし強東風(つよごち)にも発破にも耐えている、とも読める。強東風よ吹かば吹け、爆破にもまだまだ耐えるぞ、というのが作者の言わんとするところだろう。関東に生まれ、武甲山をはるかに眺めて育った一人として、共感を覚える一句である。(恂)

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蛇穴を出て吊り橋に架かりをり    岩沢 克恵

蛇穴を出でて吊り橋に架かりをり    岩沢 克恵 『季の言葉』  蛇はいろんな種類が一つの穴に籠って越冬するようである。建設・土木関係者から「崖や斜面などを崩すと、アオダイショウ、シマヘビ、ヤマカガシ(これらの名が正しいとは限らない)などがいっしょになって冬眠している」と聞いたことがある。「マムシは見たことがない」とも言っていた。  春になって地中の温度が上ると、彼らがぞろぞろと地上に姿を現してくる。これを季語としたのが「蛇穴を出(い)づ」。今年は寒い日が続いて、なかなか穴を出るわけにはいかなかっただろう。とはいえ、梅の香りもほんのり漂うこの頃、己が季節の到来を感じているのではないだろうか。  この句の蛇は穴を出て、吊り橋を渡ろうとしていた。「架かる」にはいくつかの意味があるが、この場合は「ぶらさがる」「垂れ下がる」だろう。吊り橋の手すりに蛇がぶら下げっていたのである。山ガールらの一行が来た。狭い吊り橋を渡って、深い谷を越えなければならない。先頭の女性は橋の半ばで立ちすくんだ。前に蛇、後ろには仲間。まさに「進退これ谷(きわ)まった」のではないだろうか。(恂)

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亀泳ぐ啓蟄の水動かして   山口 詩朗

亀泳ぐ啓蟄の水動かして   山口 詩朗 『この一句』  3月14日未明、胆嚢の癌で急逝された詩朗さんが6年前の春に詠んだ句である。日経俳句会傘下の酔吟会、銀鴎会、水木会、さらには番町喜楽会、住まいの近くの練馬句会にも加わり、文字通り俳句漬けの日々を送って来た詩朗さんには、「ひと電車待つ間のつるべ落としかな」(平成22年日経俳句会賞受賞作品)はじめ数々の名句がある。今回は季節を合わせ、いかにも詩朗さんらしいこの句を味わってみたい。  三月はじめのぬるみ始めた池。首を突き出し四肢を懸命に動かしてこっちへ向かって泳いでくる亀を、温かい眼差しで見つめている作者が目に浮かぶ。亀は兎に比べられて、のそのその代表のように見られているが、実は泳ぐのも歩くのも意外に早い。着実であることは言うまでもない。  失礼な言いぐさだが、詩朗さんに似ていないこともない。見物人がせっかく投げてくれた餌はすばしこい鴨や鯉にさらわれてしまうのだが、そんなことは意に介さず一生懸命泳ぐ。  くたびれたら適当な石の上に寝そべり、心ゆくまで春眠を楽しむのだ。(水)

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カピバラの髭に湯の花春遅し   谷川 水馬

カピバラの髭に湯の花春遅し   谷川 水馬 『この一句』  伊豆・大室山、シャボテン公園名物のカピバラ入浴図をありのまま詠んで、春の気分を伝えている。カピバラは全身毛に覆われた小型の河馬のように見えるが、南米原産のネズミの種類なのだという。親は体長1メートル以上あるから、これがネズミと言われてもにわかに信じられない。それに、ネズミらしくなく、何とものそのそしているのだ。  そのカピバラが一家揃って温泉に浸かっている。暖かい南米育ちが日本に連れて来られて、寒さに震えていたところ、大室山の動物園でたまたま温泉に巡り会い、もともと水が好きな動物だからざぶんと飛び込んだ。動物園側はこれは絶好の客寄せになると、カピバラの入浴シーンがいつでも見られるような湯船つき展示室をこしらえた。  カピバラ一家は演技して見物人にサービスするつもりなど毛頭無く、好きで温泉に浸かっているだけなのだが、そこがまた何とも面白い。今年の春はいつまでも寒い。カピバラの入浴時間も長引きそうだ。(水)

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